Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

9月1日 バラのお手入れに

 今日からもう9月。朝夕は少し涼しくなったかなと思うのは、そうであってほしいという心の叫びかもしれない。7時半には朝食をとり、8時には洗濯物を干して、お花や植木に水やりと、黄色くなった葉っばをとりのぞき、ベランダを掃除する。9時過ぎには部屋の中を掃除する。10時過ぎにはベランダで、コーヒーアワー。11時からコンピュータの前でメールやFacebookなどをチェック。12時にはランチの用意。あっという間に半日が過ぎる。ほぼ、毎日同じことの繰り返し。

 今日は気分を変えてお昼から大人の小学校の「バラのお手入れ」にでかけた。8月は暑くて休んでいたので、久しぶりにみなさんに出会った。多くは古くからずっとバラのお世話をしている人たちで、おしゃべりをしながら、黄色くなったり、枯れた葉っぱを手でむしりとったり、枯れた枝を植木鋏で切り取ったりした。最後に害虫や病気を予防する薬、栄養を与える薬などを散布した。作業は1時間ほどだった。教室に入って、冷たいハイビスカス入りの冷たいお茶を飲みながら、世間話をして解散。今日の参加者は7人。うち3人で少し居残りをして雑談をする。食べ物やお花などのたわいもない話でも、人と話をすることがこんなにも楽しいとそれぞれが思った。私よりも年上の方はいまは一人暮らしで、昨日は何もできないほどしんどかったという。もう一人の方は、私よりも少し若いが、夫さんは遠くの別荘に行っていて、しばらく一人だと。一人でいると喋らないので気持ちが沈んでくるという。

 コロナ禍で家に閉じ込められたような生活がいつまでつづくのだろうか。ソーシャル・ディスタンスは、人と人との結びつきを絶ってしまった。以前のようにコミュニケーションがたくさんある時間と空間がいつになったら戻ってくるのだろうか。歳をとって、一人暮らしになると、不安になるのはあたりまえだ。いまの日本の政治は、一人暮らしになった老人に優しくはない。絶対助けてくれない。

 自民党内の会議で、地方にいる自民党員からの投票なしで、総裁を決めることになった。石破氏を総裁にさせないための工作で、各派閥の会合で菅幹事長を総裁にすることに決めたという。安倍総理の悪事を共に担ってきた菅氏を総理にするような自民党は、本当に腐っている。安倍総理をどこまでも守りたいのだという。

 ツイターやさまざまなニュースで、安倍総理の病気は嘘っぽいというニュースがある。総理の動向は毎日公表されているので、誰とどこで食事をしたかという情報から分析している人がいた。連日ステーキやお肉を食べているのがおかしいという。もし潰瘍性大腸炎だと、医者からは脂濃いものは食べないように注意を受けているという。嘘つき安倍首相ならば、どんなことも嘘だといわれる。自ら撒いた種なので、何を言っても嘘だと見られるのだ。

 一つ嘘をつくと、次々嘘を着き続けなければ、ならない。どこかで辻褄があわなくなり、嘘がバレてしまう。人に信用されなくなる。

 京都産業大学は10月から学生や教職員を対象にPCR検査を学内で実施することを発表した。京都の企業島津製作所が開発したPCR検査でクラスターを防ぐというもの。大賛成。大学だけがいつまでも、キャンパスに学生を寄せ付けないのは、どこかおかしいと思っていたので、産業大学は大きな決断をして、大学を後期から開講するようだ。今年の三月に京産大の学生がヨーロッパからコロナを持ち帰り、クラスターを発症させ、京都で大変な非難と攻撃を受けた。レストランでは大ぴらに京産大生を排除した。大学にも誹謗中傷を送りつけるいやがらせもあったという。一方で、我が家の近くの薬局チェーン店は「京産大生を応援します」と大きな看板を出していた。こうしたことから、大学は学生を守るために、PCR検査を徹底的にやる覚悟で、大学を開講するようだ。

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 ニオイバンマツリが一輪だけ咲いた。5〜6月、9〜10月の年二回咲く。秋に咲いたのは記憶がなかった。南アフリカの友人たちは、「Yesterday, Today, Tomorrow」と呼ぶ。毎日色が変わっていく。紫、薄紫、白へと。今日みると白くなっていた。

8月31日 安倍政権に対するテレビの節操のなさにうんざり

 安倍総理が退任を宣言して、次の総理の候補を取り沙汰している。朝から晩まで。そこに必ず田崎史郎氏がいる。どのチャンネルも田崎氏の意見を聞く。それは安倍総理、現政権の思惑を誘導するものであり、石破氏を総理にしたくない作用が働く。自民党が決めることだが、これまでの安倍政権の権力の私物化を許しつづける。みにくい。石破氏が総理大臣になったならば、彼がさまざまな機会に言ってきた安倍総理の「権力の私物化」を暴くかもしれない。安倍総理はそれをもっとも嫌う。安倍総理と共犯関係にあった菅氏なら自分を守ってくれるかもしれないと、考えるのは姑息な安倍総理や麻生氏の考えるところだろう。安倍氏の最後の手段が、自民党の全国の党員からの投票をさせないことだ。どんなことをしてでも、自己中心的考えを押し進め、日本社会をめちゃくちゃにした。なんの責任もとらない最悪の首相だったことを忘れてはならない。

 今日の午後の番組でも、安倍政権の成果が称えられるような報道がある。やめていく人に対する唾を吐きかけないのが日本文化の伝統で美徳とするのだろうか。メディアも安倍首相に忖度したり、安倍首相のメディア攻撃に屈してしまっているために、ほとんど批判する姿勢がない。昨日に白井聡氏の朝日新聞社の「論座」に投稿した文章を読んだ。安倍政権がこの7年余間に何をしたのか、どんな功罪を残したのかを的確に展開していた。日本の憲政史上最長の政権になってしまったことを「この事実が喚起する恥辱と悲しみの感覚」と述べている。彼の感性の鋭さに拍手喝采

 ベランダに置いていたベンチを思い切って解体することにした。いろいろ工夫をしてみたが、十分な修理はできないことがわかった。思い切って廃棄処分にすることにした。丈夫ではないベンチに座って怪我をしたりするといけない。なごりだけを少しの間置いておこうと思い、植木のフェンスにした。ベンチを置いていた後には、植木を移動することに。

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8月29日 安倍政権の今後は?

 28日(金)午後5時に安倍首相が辞任することを発表した。どのテレビ番組も中継をしていた。私はちょうど薬が切れそうなので夕方5時からの診察にでかけた。8月の初めに血液検査をした結果を先生が知らせてくれた。その前に月よりはよくなっているので、すこし安心したが、油断は禁物。食事の撮り方を変え、炭水化物をできるだけ取らないようにしている。この次の検査が楽しみだが、運動不足は目にみえているが。診察を終えて、薬をもらって帰ると、まだ安倍首相の記者会見が続いていた。いつもなら、2、3問の質問で打ち切りなのに、1時間もつづいた。こういう機会は最後なので、どんな質問にも答えるという姿勢なのだろうが、安倍流のはぐらかしやごまかしがあると思った。この間のやりとりをすべて首相官邸側から文章化されていたので、全文を読んだ。政府にとって都合の悪い文書は真っ黒の黒塗りになっているのに、これはどういうことだろうかと不思議にも思ったが。

 西日本新聞社の川口さんの質問は、「森友学園問題や加計学園問題、桜を見る会の問題など、国民から厳しい批判にさらされたこともあったと思います。コロナ対策でも、政権に対する批判が厳しいと感じられることも多かったと思うのですが、こうしたことに共通するのは、政権の私物化という批判ではないかと思います。こうした指摘は国民側の誤解なのでしょうか。」

 それに対して、安倍首相は、「政権の私物化は、あってはならないことでありますし、私は、政権を私物化したというつもりは全くありませんし、私物化もしておりません。」

 ぜひ、次期の首相はこうした問題を明らかにしてほしい。誰もが疑惑をいだいているので、これ以上うやうやにしないで、事実を解明してほしい。少しでも風通しのいい政治に戻って欲しい。

 

 1ヶ月ほど前に注文していてガーデンチェアが届いた。アマゾンで注文したのだが、最初に注文したのが1ヶ月前。配達日は9月末か10月中旬とかで、不思議だと思っていたが、同じ椅子が値段が違って出ていたので、前に注文したものをキャンセルして、同じ椅子を再注文した。3日後に配達されてきた。なんということなのだろうか。以前から持っている椅子と同じなので、こだわっただけだが。壊れた椅子を解体して、ベンチの補修に使う準備をする。折りたたみ式の椅子なので、組み木になっていて、釘ではなく、木のダボを使っている。あるいはくり抜いて、凹凸を作って、組み合わせている。折りたたみにする必要もないので、私は釘で打ちつけてつなぎ合わせるつもりだ。お昼から作業を始めたが、あまりにも暑いので明日にまわすことに。 

写真は新しくきた椅子は左手。ベンチは角が脆くなったいるので、補強をする予定。

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8月27日 1日が早く過ぎていく

  朝は爽やかだった。洗濯物を干し、植木に水をやる。昨日は紫陽花の葉っぱにカイガラムシが卵を産み付けているのを見つけた。毎日水やりをしているので、葉っぱや枝に異常がないかチェックしている。特にバラを育てからは、葉っぱの色や葉っぱの裏などをチェックしているので、紫陽花の葉っぱなどは異常があれば、すぐにわかる。たくさん密集しているが、丁寧にみているので、白いものがついているのは、虫が卵を産んだと思った。葉っぱついた枝ごと切り取って、ナイロンの袋に入れて捨てることに。ちょうど今日はゴミ出しの日なので、袋を何重にもして捨てた。ネットで調べてみると、カイガラムシにはいろいろ種類があるようだ。以前は紅葉に木にカイガラムシが寄生していたことがあった。土のなかにも住みついていた。見つけたときに退治するのが、一番だと思い、退治した。紫陽花に虫がついたのは初めてだった。

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 娘の勧めもあって、床を掃除する道具をニトリで購入した。シートを替える使うのは持っているが、ウェット式だと何枚もシートが必要だ。今回購入したのは、洗って何度でも使えるタイプで、しっかりと埃を撮ってくれるし、雑巾かけの要領で、汚れを擦り落としてくれる。風呂場の壁を擦りおとす道具もついでに購入。いろいろな道具があるものだと、関心した。

 お昼から、台所の戸棚に入れている食器類を移動して、使いやすくした。毎日使う食器だけを手前の棚に置き、毎日は使わないものや、余分なものをひと所にまとめておいた。このコロナ禍で、娘たち家族や知人たちと一緒に食事をすることも、お茶を飲むこともなくなった。それならば、少しの間でも使い勝手よくして暮らそうと思った。食器はどうしてこうも増えるのか、どうして溜め込んでいるのだろうと思った。断捨離をしなければ。

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 8月23日にウィスコンシン州で警察官が黒人男性を背後から銃撃する事件が起きた。こういう事件が何度も繰り返し起こっている。何十年、何百年前から起こっている。白人は黒人を人間だと思っていない。この事件を受けて、大坂なおみさんは全米オープンテニスに準決勝まですすんでいるが、その試合を棄権するという。「私はアスリートである以前に黒人女性です」と述べ、黒人銃撃事件に抗議した。すばらしい。

 他にも全米プロバスケット選手や、メジャーリーグの選手たちも、これらの事件に抗議して試合をボイコットしている。全米に大きな広がりをみせているが、なかなかこの種の人種差別はなくならない。

 私が初めてアメリカに行ったときには、ニューヨークのタクシーに乗ると、「あちこちにモンキーがいる」と黒人のことを指して言った。露骨な人種差別だった。私は白人の女子学生から大学のキャンパスで「ジャップ!」と言われた。ジャップがどんな言葉かを知っている私はすごくショックを受けた。もう30年も前のことだが。黒人たちは、アメリカ社会の中でいわれなき差別を受け続けている。命を守ってくれるはずの警察官から現実に命を奪われているのだ。しかも銃で。

8月26日 暑い一日だった

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 今日も暑い一日だった。夕方に一雨あり、植木は喜んでいたが、冷房の部屋に一日じっとしていた。不審なメールがたくさんくるようになった。それと、このコロナ禍のなかで、お店に買い物に行かずに、ネットで購入する人が増えたらしく、デパートやあちこちのお店がネットでの注文を取りにくる。アマゾンなどは、一度注文をすると、記録がずっと残っていて、同じような商品をすすめてくる。野菜ジュースやトマトジュースはアマゾンで注文しているので、配達料無料で戸口まで運んでくれるので、重宝している。そのせいか、アマゾンに出品しているお店なども、販売宣伝活動を怠らない。

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私は高知県の馬路村のゆずしぼりをネットで購入している。母が生存中は、母は高知の知り合いからゆずしぼりを取り寄せていた。そのお裾分けにあずかっていたが、母が亡くなってからは私が直接馬路村の販売所から取り寄せて、娘や妹にお裾分けをしている。ゆずは料理にも使うし、炭酸水とわって飲んでいる。母から受け継いだ郷土料理、家庭の料理を作り続けている。

 Go To キャンペーンについて政府は大成功だったと語りつづける。旅先で、多くのコロナ感染者がでているにもかかわらず、このキャンペーンを押し進めたい考えだ。そのせいか、私のメールには旅行関係のメールがたくさんくる。私は海外のホテルの予約はネットでしてきた。キャンセルなんか考えたことがなかったので、キャンセルした場合は、返金がない割引の大きなホテルを予約してきた。そのために、三月に予定していたロンドン、パリ、ヘルシンキのホテル代はまったく帰ってこなかった。飛行機代は基本料金だけは返金されたが、キャンセル料は一人四万円はとられた。

 これまで私が予約したことがある旅行代理店や飛行機会社から旅行の案内が頻繁にくるようになった。これもGo To キャンペーンの効果なのかもしれない。海外はしばらく行けないが、日本国内での旅行を勧めるものだ。

 政府のコロナ感染症対策分科会の会長尾身氏は、「発症のピークは過ぎた」と発言し、まるでコロナ感染症は収束に向かっているといわんばかりである。東京では依然と感染者が多くでていて、どこで誰が感染してもおかしくない状況にある。PCR検査も不要、感染者を隔離して入院させたり、ホテルに滞在させたりする必要がないとまでいいはじめた。普通のインフルエンザと同様で、PCR検査も、入院治療も自己負担で、政府が出す必要がないという議論をしはじめている。厚生省はコロナ感染症への対応を投げ出し、どう収束させるか具体的対策が持てなくなっている。医療崩壊寸前のところにいるが、その責任をとりたくない。お金を出したくない。見え見えである。

 オリンピックをやりたい安倍首相と小池百合子知事の思惑の中で、振り回されているように思えてならない。一年後のオリンピックはできない。他の国では感染者が依然として増えている。世界中からコロナ感染症を鎮圧させない限り、オリンピックなどやれない。

 

8月25日 娘が買い物につきあってくれる

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 娘がやってきてくれた時には、車があるので、重たいものや嵩張るものを購入できる。北大路のビブレショッピングセンターで待ち合わせる。無印良品のお店で、簡易棚を購入した。以前にみていたのだが、嵩張るので買えなかった。クローゼットの中にバッグを収納しているのだが、あまりしっかりしていなくて、崩れてきた。簡易の棚が欲しかった。組み立ては簡単で、プラステックでできているので、軽くて扱いよかった。

    バッグが大好きで、たくさん持っている。それらを収納して置く場所が二箇所あり、一箇所はベッドルームのクローゼット、もう一箇所はウォークインクローゼットに何段もの収納ケースにいれてある。大体大きさを揃えているので、わかりやすく分類して、このコロナ禍の中で少し断捨離をした。だが、まだまだたくさんある。

 ちょうどマンションの植栽の工事が入っているために、娘の車を駐車するスペースがないので、私の荷物をおろしてすぐに帰った。お昼からはフランス語の勉強をした。2年前に日仏会館で学んだテキストを復習しているが、ほぼ忘れている。語学は若い時に柔軟な頭で学ばなければならないと改めて思った。歳をとると、覚えてもすぐに忘れる。どんなに忘れても、繰り返し学ぶことしかないと、自らに言い聞かせる。

 安倍首相が昨日、再度慶應病院で追加検査を受けたと言う。2週間つづけての検査である。潰瘍性大腸炎の持病が悪化したのか、それとも他にも病気があるのだろうか。憶測ばかりが飛び交って、ご本人からの正式な発表がないので、なんともわからない。だが、体調を崩していることは確かなようだ。日本一最長の総理席を達成するという「偉業」が大事なのだろうか。持病があることは、とても大変なことだが、そのために国会を開かないとすれば、大問題だ。病気を直し、その間首相の座をおり、誰かに総理職を譲ればいい。

 もし安倍首相がしばらく総理の地位を降りるとすると、麻生副総裁が代行することになる。今朝の麻生氏は新聞記者からの安倍首相の体調についての質問に対して、またもや横柄な態度だった。「君は朝日(新聞)の記者か。ちゃんと記事を書いているか。他と違う」と不躾な対応だった。人の気持ちや人の行動について何の尊敬の念もない人だ。「麻生節」で許されるものではない。政治の質を落としている。森加計問題で、書類を改竄して平気な人だ。麻生総理は最悪だ。

8月24日 コロナ感染症はピークを去ったのか

 朝からテレビ報道では、コロナ感染症の第二波をまだみとめない専門家委員がいたり、流行のピークは終わったと言ったりする。なぜなのか。まだまだ流行は衰えていないように思えるし、世田谷区長の保坂展人さんが、できるだけ多くの人に「いつでも、どこでも」PCR検査をするという方針に対して、意味がない、必要がないという論調を展開する人たちが出てきている。なぜなのか。

 いろいろと議論を聞いていると、コロナ感染症に対して、それぞれの人の立場や利益が見え隠れしていることがわかる。どんな新型の感染症に対しても人類の叡智で克服する努力が必要だ。これだけ世界がグローバル化した結果、一つの感染症が世界的規模で拡散することがわかった。それに対する闘いは世界が協力してストップさせなければ、終わらない。表面的な数字だけで、ああだこうだと議論しても始まらない。

 最近の疑問は、なぜ大学はキャンバスで開講しないのかということだ。少なくとも、新入生に対して、全員を一堂に集めるのではなくても、何回かにわけて学生どおしが顔を合わせて、「この大学で学んでいるのだ」という感覚、意識を持たせるべきではないのか。オンラインでの授業もいい。学生と教師が繋がれるというメリットはあるかもしれないが、コンピュータの枠を通してのコミュニケーションはあくまでもヴァーチュアルで、実体験として残らないような気がする。大学側はどのような論理でキャンパスを開放しないのか。なぜ門を閉ざしたままでいるのだろうか。

 大学の使命の一つが学問、知識の習得とその展開・発展だとするならば、「なになに大学入学」は不要になる。それぞれの大学の特徴に期待して入学した学生たちは、自宅でコンピュータに向かっているだけだとすれば、その大学に席をおく理由は見つからないのは当然だ。先日テレビのニュースで、立命館大学に入学した学生の4分の1が休学、1割の学生が大学を退学しようと考えているという。非常に心が痛んだ。

 私の孫は大学2年生。自宅でリモート授業を受けている。4月からは大学には行っていない。期待していた海外研修もこれから先ずっと見込めない。若い人たちはこのコロナ禍から大きな損失を被っている。どんな期待や希望が彼らに与えられるのだろうか。

 仲間入りしたバラたちはそれぞれの場所で咲いている。周りに元気を与えている。古くからいる赤いバラは三番花を次々と咲かせている。

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