Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

10月12日〜14日 台風19号の大被害

 台風19号の勢力は予想以上に大きかった。近畿にもやってくるということで、家ではベランダに置いてあるメダカの鉢を家の中に入れて、避難させた。12日の朝、リハビリの予約があったので、少し風が強くなっていたが、バスを乗り継いで整形外科医院に出かけた。いつもであれば、加茂川の土手をしばらく歩いて、バスに二駅のるが、土手を歩くのも大変だと思い、いつも乗るバス停から二駅乗って、少し歩いてバスに乗り換えることにした。敬老パスを持っているおかげで、バスをいくらでも気軽に乗れるのはありがたい。

 リハビリは予約をしているので、時間通りに行けばいいが、この日は患者さんは非常に少なかった。帰りは西賀茂橋の方から帰った。いつものように河原を歩くのは危険だと思った。すでに風は強まり、さしている傘が風に飛ばされそうになって、傘の骨が一本おかしな方向に曲がってしまった。川沿いにある建物川沿いに風を避けて歩いて帰った。その直後から北風が強まった。北側のベランダは高さ1メートルぐらいの塀があり、そこに植木鉢をいくつか並べているが、紫陽花とモッコウバラの植木鉢が2つ倒れただけだった。

 昨年の9月の台風の時には、西側のベランダの植木が全部倒れて、びっくりしたが、今回は風の向きが違うので、こちら側の植木は大丈夫だった。

 テレビや新聞のニュースでは、関東一円が猛烈な水害にあって、多くの方々が大変な目にあった。家ごと流されていたり、川が決壊してみるみるうちに水が家の中に流れ込んだようだ。こんな時こそ、政府が真っ先に被災した人たちへの援助の手を差し出すべきなのに、先の台風15号で、千葉県の多くの人たちが大変な目にあっている。まだブルーシートを被せたままの人たちに追いうちをかけるほどの災害だった。1ヶ月近く、千葉の人たちを放置して、今回の大型台風が来ることを知りながらも何もしない行政、政府に憤りを感じる。

 こうした中、二階自民党幹事長は、この台風を「まずまずで収まった」と発言した。なんという非人間的な感性の持ち主だろうか。「東京が」「自分のいる場所が」被害に会わなかったのでよかったと言っているようなものだ。

 安倍首相は全く顔を出さない。高額な戦闘機やトウモロコシを買わなければ、台風被害にあった人たちに援助の手を差し伸べることはできるだろう。消費税をあげたのだから、その予算を回せばいい。ラグビーに興じている場合ではないだろう。オリンピックよりも、自国の人びとの暮らしが一番大事だ。日本は本当にますます嫌な国になりつつある。

 高校時代の友人たちや、アメリカにいる友人たちや、南アフリカの友人たちから、台風の影響を心配して、ショートメールをもらった。こうした優しさがささやかな喜びになっている。

10月10日 ノーベル文学賞の発表

10月10日、夜8時ノーベル文学賞の発表があった。2018年度と2019年度の受賞者二人が受賞した。18年はポーランドのオルガ・トカルチュク、19年がオーストリアのペーター・ハントケハントケに対しては、すぐさまアメリカ・ペン協会は抗議文を出した。政治的立場から、ユーゴスラビア紛争の時に、セルビア側にたったということと、歴史を歪めているという点を指摘しているが、私にはわからない。彼の作品を読んだことがないので。

 もう一人のポーランドの女性作家も知らないので、コメントのしようがないが、今回のノーベル文学賞の受賞に至る経過をスウェーデン・アカデミーが発表する場面をライブ配信で見ていた。スウェーデン語は全くわからないので、英語で紹介された時に、ケニアの作家グギ・ワ・ジオンゴでも、日本の村上春樹でもないことだけはわかった。

 毎年、グギと春樹はイギリスの賭け屋での予測では一位と二位を競っていた。昨年は、ノーベル文学賞を決定する委員会の委員の不祥事(セクハラなど)から、委員の交代と受賞停止があった。誰もが予想しなかった、ボブ・デュランが受賞したり、ベラルーシの作家スベトラーナ・アレクシェビッチが選ばれたりした。今回もそうだが、ヨーロッパ中心主義のような気もする。

 アフリカ人作家のグギ・ワ・ジオンゴの作家としての社会的、文学的役割、影響は大きいが、なかなか評価されない。身贔屓ではなく、純粋にアフリカ文学の確立に大きな貢献をしてきたが、彼の作品は、ケニアやアフリカの状況をリアルに描写してきた。新植民地主義の下で、民衆が翻弄される様子を描くことで、世界資本の秩序の中でアフリカの置かれている状況が明らかになっている。日本でも同じことが起こっている。アメリカ中心主義の中に取り込まれ、私たちごく普通の人びとの生活が翻弄されている。毎年、文学の本質を考えさせられる。

10月6日 大原の朝市とアップルストアー

 6日、大原の朝市に出かけた。いつものお花屋さんはお店を出していた。コスモス、菊、フジバカマなどの秋の花が華やかでいい。アオハダがあったので、購入。木々もようやく実をつけて、秋らしい風情になってきた。

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 午後3時過ぎに娘と孫と三人で四条通にあるアップルのお店に行く。日曜日とあって、大勢の人が詰めかけていた。娘の携帯の不具合でその相談だったが、手際よく応対をしてくれた。そして孫は機種変更で、新しいiPhone11を購入した。

 最初に対応してくれた男性は、ニューヨーク出身のアメリカ人だが、父親はジャマイカ人だという。日本にきてまだ一年だというのに、iPhone の使い方など、流暢な日本語で、しかも片手にiPadを持ちながら、日本語入力をして画面を示しながら、説明していた。もう一人別の係りの人も、初めは日本人だとばかり思っていたが、アメリカ人で流暢な日本語で詳しく説明してくれた。三人目は台湾人だった。

 中国からの観光客が日本でApple製品を購入すると、免税があるので、多くがお店にやってくるそうだ。そしてつい最近にiPhone11が出たばかりなので、若者たちに人気がある。まさにAppleのお店は国際色豊かだと思った。

 私自身は30年来のAppleの愛用者なので、MaciPhoneiPadの使い方は共通しているし、長年の使用で、ほぼ理解している。しかしその使い方についてはなんの説明もないので、多くの人たちは戸惑っているが、そこをうまく対応しているAppleの店員さんたちは見事だった。

 私はiPhone11がでるちょっと前にiPhone10をドコモで購入した。機種変更だったのだが、Appleの店でiPhone を購入すれば、もう少し節約できたのにと後になって悔んでいる。

 新しい製品は限りなく、若者たちの夢を広げ、誰もが携帯を持ち、情報の収集、情報の伝達を楽しんでいる。機器に踊らされる時代に、その機器を使って、ツイッターフェイスブックや、ラインでコミュニケーションができるが、どれだけ人間関係が豊かなり、暮らしやすい社会になっているかは疑問だ。

10月5日 フランス語の授業が始まった

10月4日(金)フランス語の後期の授業が始まった。近接未来の表現を学ぶ。aller + 動詞の不定詞で表現する。動詞の過去形は、大過去、複合過去、半過去と三種類あった。未来形も少しややっこしいようだ。近い未来と遠い未来では表現が違うようだ。

 約2ヶ月以上も夏休みだったので、少しフランス語の勘が戻ってこないが、知らないことを知っていくのは楽しい。後期のクラスは10人。先生から夏休みをどう過ごしたか質問されて、一人の受講生はドバイに行ったそうだ。超お金持ちの国で、超リッチな気持ちになったとか。不要なものは買わない主義の人のようだが、絨毯を購入したという。日本で購入するよりは安かったとのこと。

 ずっと昔にアフリカ文学会でモロッコに行った時、友人は絨毯を2枚ほど購入した。彼女はパキスタン人でアメリカで仕事をしているので、絨毯には目がないようだ。最近彼女が暮らすノース・カロライナでは倉庫に預けていた家財道具や絨毯もようやく使用できるようになったとのこと。絨毯は壁にかけたり、床に敷いたりと、部屋の雰囲気を楽しくしてくれる。我が家では絨毯を敷くところがないので、絨毯は買えない。

 10月5日。夜マンションの大修繕委員会があり、業者と打ち合わせをした。鳩ネットのことが話題に出た。うちのマンションは加茂川に面しているので、鳩がどこからでも飛んでくる。特に東側と西側のベランダは鳩の糞害で汚され、植木や室外機の側で巣作りをするので毎日鳩との戦いがある。鳩は復習をしないのかと腹立たしいことばかり。それぞれの家で対策を練っているだろうが、マンション全体で取り組まなければ、なんの効果もない。

 男子バレーボールは対アメリカ戦で惨敗だったが、ラグビーは対サウジは見事に日本が勝った。素晴らしい戦いだった。ラグビーのルールはよくわからないが、体と体のぶつかり合いの激しいスポーツだと思った。

10月3日 リハビリとあれこれ

 あっという間に時間がすぎて行く。しかも毎日何をしていたのかも思い出せない。日記がわりに備忘録としてこのブログを書いているのだが、知らない間に時間が過ぎている。

 9月30日(月)。朝、整形外科にリハビリを受けにいく。その帰りに筋トレジム・カーブスで軽く運動をする。その帰りに、北大路ターミナルにあるビブレで電球を購入した。消費税が上がる前に生活用品を購入した。トイレットペーパーの棚には商品が残り少なくなっていた。誰もが少しでも生活防衛のために、生活必需品を買い置きしておこうと思ったのだろう。

 交通機関の定期の値上がり、運賃の値上がりに備えて、あちこちで長蛇の列ができたと、ニュースで流れる。今回の消費税値上げは本当に必要なのだろうかと頭を傾げる。それほど給料も上がっていないし、子育て世代の人たちの生活はちっとも豊かでもない。政府は、社会福祉は100年安心と声高に叫んでいたのに、老人の年金を下げようと企んだり、健康保険料を値上げしようとしている。今整形外科で、肩の筋肉がちぎれているので、肩と手を繋ぐ他の筋肉を強化するリハビリを受けているが、夜になると肩が痛むので、シップ薬をもらっている。しかしこのシップ薬は保険外になる。自腹で薬局で購入することになると、大変な金額が個人負担となる。

 10月1日。何かが変わったわけではないが、ニュースは消費税10%の値上がりの混乱を伝える。まるでお祭り騒ぎで、嫌悪感を催す。本当に必要な消費税なのかの検討は全くない。何に使うかを曖昧にしたままで、安倍首相はアメリカのいいなりになり、戦闘機を爆買いし、アメリカの牛肉の関税を大幅に引き下げ、アメリカから、私たちが食べないトウモロコシを爆買いして、トランプ大統領を喜ばせている。関電だって、賄賂をもらい、電気代をあげて、原子力発電で大もうけをしている。世の中どうなっているのと、疑いたくなるのは私だけではない。

f:id:mwenge:20191003134516j:plain 午前中は習字教室に行った。 「宮殿盤鬱 楼観飛驚」の後半部を書いた。意味は、高楼がそびえている様子は飛ぶ鳥も驚くほどだ。なかなか難しい漢字であった。長年漢字を書いてきた手が、その文字を覚えていて、なかなか先生のご指導の通りに書けない。

だが、一字一句を丁寧に書こうとする緊張感は、大切にしたい。

 午後からは、今求められている仕事に取り組む。集中して本を読む。納得いく情報、知らなかった情報、確認した情報など、一つの世界の中に数時間浸ることができ、幸せだった。

10月2日。朝の11時30分からリハビリ。少しは腕が上まであげることができるようになったが、長い時間続かない。気長にリハビリを受けるしかないのかなあ?

 南アフリカの劇作家、アソール・フガードのことを調べる。1972年に上演した「陳述書」の台本を読む。面白かった。出版当時から50年近くたつが、今でも意味があり、様ざまなところで上演されているという。アパルトヘイト時代に背徳法で逮捕された、カラードの男性と白人の女性の恋の物語。馬鹿げた法律によって、人間の愛情や生活が歪められるというものだ。アパルトヘイト法案が強化され、人種隔離社会となった70年代の南アフリカで、上演されたこと、台本が出版されたことはとても意義があったと改めて思った。

 最近、東京でも、同時代のフガードの作品「島」(マンデラらが投獄された「ロベン島」のこと)が上演された。私は1988年に平田満演じる「島」を東京で見た。もう30年も前のことだが。アパルトヘイト時代に、世界中でフガードの作品を通して、南アフリカで起こっていることを理解しようとした。まだ、まだフガードの作品が演じられるのは、共通して世界中で同じことが起こっているということだと思った。

 まだ、洗濯機が使えないので、手洗いで毎日洗濯をしている。3週間にもなるので、慣れてしまったが、洗濯機のなかった時代には、洗濯は家事の中でも力のいる仕事。洗濯機、冷蔵庫、電気釜は家事を軽減してくれた電気製品だが、電気がなくなれば、生活はお手上げ状態になる。

 大手の関電や東電などの電力会社に電力を100%依存しない生活を快適におくるためには、どうすればいいのだろうか。つくづく思うこの頃である。

9月29日 大原の朝市と植物園をお散歩

 久しぶりに友人が大原の朝市に誘ってくれた。朝6時15分に出発。オクラやミョウガ、キタアカリ、芋のツルなどを購入。いつものお花屋さんはお休みで、残念だった。

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 ミョウガは大原のおばさんに教えられた通りに、10秒ほど熱湯にくぐらせてから甘酢につけた。オクラもついでに軽く茹でておく。芋のツルは熱湯で柔らかくなるまで煮てから、油で炒めて甘辛く煮詰めるといいと教わったので、そのようにした。季節の野菜は新鮮で、美味しい。最近では大原に若い人たちが移住してきて、有機農業をしている。野菜の説明から、楽しく農業に従事している様子が伺え、私たちも安心して野菜が買える。こうしたコミュニケーションが嬉しい。

 午後からは、娘が京都にきたので、近くのスーパに買い物にでた。お米や水や調味料など重たいものを運んでもらった。10月1日から消費税が10%になるので、あちこちの棚から商品が消えていた。消費者の生活防衛のためのささやかな抵抗だ。

 関電が賄賂を受け取っていたということが明るみに出た。関電と原発推進派の癒着の実態があったことを示すものだ。私は関電の原発依存の政策に反対して、数年前に大阪ガスと契約して、ガスと電気を購入しているが、大阪ガスは自家発電をしているが、足らない部分は関電から購入しているというので、関電に対してはあまり意味がないことかもしれないが・・・企業と行政の癒着を断ち切らなければ、私たちの生活の未来はない。

 先日の千葉の台風被害から、電力の供給が絶たれると、生活が成り立たないことを思い知った。東電や政府の対応の不味さが、人びとの生活を困難にした。近代化が招いた人間生活の根幹を、電力に握られている。こうした生活の有りようを根本から考え直す時だとも思う。

 

 

 

9月28日 女子バレーとリハビリ

 9月27日夜のワールド・カップ・バレーの試合に釘づけになった。世界ランク一位のセルビアとの対戦では、第一試合、第二試合と日本は負けた。ダメかなあと思っていると、第三試合、第四試合は日本が勝ち、対勝負になった。最後の第五試合は先に15点をとったほうが勝ちになる。最後まで戦って勝った。相手側は身長の高い選手ばかりで、強力なストライクには勝てない。戦力は日本のほうが優っていて、相手の予想に反して、とても落ち着いてチャレンジした。みごとな勝利だった。第一戦からずっと試合は見ているが、負けた試合でもよく戦ってきた。あと2戦が残っている。アルゼンチンとオランダとの対戦がある。頑張ってほしい。

 28日、朝の散歩に出て、しばらく加茂川沿をくだっているときにリハビリの予約をとっていたことを思い出した。引き返して病院に向かう。診察券を持っていなかったが、もう何度もリハビリを受けているので、「顔パス」だった。腕の動きをスムーズにする運動をした。少しづつだが、腕が上がるようになっている。忍耐と根気が必要。

 挿し木したバラは、数本から芽が出て若葉が出始めている。全く反応しないものもあり、おそらく根づかなかったようだ。白秋やモナコはダメだった。楽しみにしていたのに。この春に購入したモッコウバラが大きく成長し、どこまでも蔓を伸ばしていくので、螺旋状にまとめた。花が咲く頃が楽しみ。

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