Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

11月19日 植物園散歩と「性暴力被害」を考える

 18日、朝のルーティンをすませて、植物園を散歩した。もみじはいっそう紅葉をまして美しい。1週間でもみじの色がすっかり変わる。自然の恵に感謝。皇帝ダリアが咲いていた。青い空に向かって立派に咲き誇っている。それがまるで皇帝のように見えるのだろうか。

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相変わらず植物園のバラ園は、人気場所の一つで大勢の人が集まっていた。植物園では4期咲のバラが多くあるので、手入れが行き届き、とくに春と秋のバラはみごとに咲いている。

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  植物園の北側にある筋トレジム・カーブスに寄って、一汗かく。筋肉の衰えが激しいので、なんとかジムで筋トレに励む。どれだけ筋肉を維持できるか疑問だが、それでも運動をしないよりはましかと思う。

 午後は上の孫と京都駅で出会う。りくろーおじさんのチーズケーキが昨日まで京都に四条で売られていたので、それを2つ購入して、一つを娘の家にお裾分けした。それを大学帰りの途中、京都駅で出会い、ランチを共にした。そのあと、孫のショッピングにつきあった。若い人はいくつも洋服が欲しいようだ。あまり高価なものではなく、安くて流行ものを着たいと思うようだ。

 東京ではコロナ感染者が493名になった。大阪でも兵庫でも増えている。今日は東京で534人。それでも政府はGo To TravelもGo To Eatも中止しない。経済第一を掲げるので、「経済」を止めるわけにいかないという。医療の専門家はいったん止めないと感染は止まらないという。一方政治家や彼らに忖度する人たちはキャンペーンを止める必要はないと言う。政府がキャンペーンを中止したり、ロックダウン的な要請をすれば、経済的保証をしないといけないから、なかなかそれが言えない。人の命よりは経済が大事だという。

 菅総理の掲げる「自助」「共助」「公助」の思想は間違っている。こんな危機的状況には「公助」が最も大事だが、「自助」では何の役にもたたない。誰もが自分を守るために、マスク、手洗い、ウガイ、ソーシャルディスタンスは徹底している。だが、だが、予防できないものが蔓延していて、個人の努力ではどうにもならないところにきているのではないか。

 「マスク会食」の奇妙な言葉が蔓延しつつある。菅総理はまじめに「マスク会食」をすすめる。尾身分科会会長がいう「会食するときに、マスクを半分外して、食べ物を口に運び、すぐにマスクをつける」。こんな「マスク会食」って変ではないか。

 19日。下の孫の大学入学試験に同伴。娘が仕事のために同伴できないので、京都の大学で受験する孫の引率を引き受けた。試験を受けている間、近くのスターバックスでコーヒを飲みながら、友人からいただいた本を読んだ。金富子・小野沢あかね編『性暴力被害を聴くー 「慰安婦」から現代の性搾取へ』(岩波書店)を読了。「聞き取り」「語り」「ライフヒストリー」、女性史、聞き書きなどなどの手法と問題意識のありようを詳細に検討していた。多少なりとも、南アフリカの歴史や文学に関わる私自身の視点のあり様を再確認させられた。

 20年前に、私は「日本軍性奴隷制をさばく女性国際戦犯法廷」(東京)に参加した。韓国、台湾、シンガポールなど多くのアジアの国から証言した元「従軍慰安婦」の生の声を聞いて、心が痛んだ。それから20年がたち、いまだに「従軍慰安婦」などいなかったかのように語る人たちや、戦争の事実と向き合わないで、戦争をしたがる人たちがいること、戦争の準備のためにあの手この手で憲法を変え、戦争に反対する人たちをパージしようとする動きが活発になっている。改めて今日読んだ本は、戦争と男尊女卑の社会が生み出した悲劇を突きつけられた思いがした。単なる歴史の証言としてではなく、いまだに伊藤詩織さんの出来事や様ざまな場所でのセクハラなどがなくならないことにつながる歴史の流れにあることを再確認した。