Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

5月14日 一日があっという間にすぎる

 5月13日、いつもの病院に足らなくなったお薬をもらいにいく。ついでにドライアイ用の薬もいただく。いつもなら、烏丸御池の眼科に行って診察を受け、薬をいただくのだが、コロナ騒ぎで御池までいく気にならないので、内科の先生に出していただく。白内障の手術をして、メガネなしでも暮らせるようになったが、ドライアイになることがあり、目薬なしでは大変。若い頃から目薬は大好きで、花粉が飛ぶ時期には欠かせない。内科医での支払いはなんとか済ませたが、散布の中にお金が十分に入っていなかったので、いったん家に帰り、再度薬局に薬を取りに行く。買い物にもあまり行かなくなったし、財布の中身を見る機会も少なくなったので、うっかりしていた。

 午後からはベランダの整理をした。マンションの大修繕がまだ続いていて、北のベランダの壁の塗り替えに入っている。そこに置いてある植栽はそのままにしておいていいと言われたので、ほっとした。植栽を動かしながら、壁を塗ってくれるというので、助かった。

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 西のベランダに置いてあるバラが咲き始めた。つるバラは200以上もの蕾をつけているのに、なかなか咲かない。一気に咲いてくれるのだろうか。

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<Bookcover Challence> 6日目で、ケープタウンで出会ったネヴィル・アレクサンダーを紹介した。

 「朝から本を探したが、見つからない。どこかに入り込んでいるのだろう。最近のFacebookでネヴィル・アレクサンダー(Neville Alexander (1936-2012))の本がネットで読めるという案内があった。ネヴィルからはさまざまなことを学んだ。南アフリカを理解する視点と、多言語教育の重要性を。ネヴィルがケープタウン大学で始めたPRAESA(The Project for the Study of Alternative Education in South Africa )の人たちと共に、子どもたちへの「読み聞かせクラブ(Vulindlela Reading Clubs)」で一緒に活動したことが懐かしい。2012年にネヴィルは突然この世から去ったが、彼の精神はさまざまなところで生き続けている。」 

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よく議論したのは、第二次大戦後の日本の農地改革についてだった。南アフリカは全土のうち、約90%を人口の13%の白人が占拠し、あとの87%のアフリカ人、カラード、アジア(主にインド人)が13%の土地に閉じ込めるというアパルトヘイト法案のもとに、人種隔離政策があった。それを1994年のアフリカ人に初めて選挙権が与えられ、マンデラ大統領が誕生したが、民主化と人種隔離政策廃止のなかで、譲歩したのが、土地問題だった。土地問題がネックとなって、南アフリカ民主化が進まなかった。その点、日本では農地改革により、不在地主の土地は農民に開放されことは、世界的に評価されている。よくこのことについて、ネヴィルたちと議論した。