Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

1月3日 娘家族の年始、朝の散歩、ケープタウンの国会議事堂放火?

2日 恒例の娘家族が年始にくる。お昼ご飯を一緒に食べる。久しぶりにパエリアと、豚肉と野菜のあんかけを作る。おせち料理やオードブルの盛り合わせは定番。大勢で食事をすると楽しい。コロナ禍のこの一年はときどき食事を一緒にすることがあったが、離れて食べていた。午後からは上賀茂神社に参拝にでかけた。大勢の人が列を作り、参拝の順番を待っていた。私たち夫婦は1日に参拝を済ませているので、パスをした。毎年北野神社に初詣に行き、書き初めをしていたが、昨年はコロナのために中止になった。今年は書き初めは再開したが、娘家族と一緒に10年以上続けてきた書き初めに参加することはやめた。ゆっくりと時間が流れた。

 沖縄の名護市長選挙が1月23日にある。米軍の普天間飛行場辺野古に移設する問題で立候補者がわかれていると、朝日新聞が報じていた。辺野古の埋め立て地は、軟弱地盤で、その柔らかさは「マヨネーズ並み」と書いていた。以前からも軟弱地盤を問題視してきた。膨大な資金を注ぎ込んで、時間をかけてつくる必要があるのかと、沖縄県民からも疑問視されているが、政府は何がなんでも実行するのだと、時間とお金をかけて貫徹しようとする。アメリカ側でさえ望んでいないようだが。辺野古が埋め立てられる前に現場を見に行ったことがある。静かな海できれいな海の色に感激した。小さな掘立小屋がたち、普天間から辺野古移設反対の声を上げていた時だった。強引に埋め立てが始まり、珊瑚やジュゴンへの影響がでていた。

 3日(月)午前中はとてもいいお天気だった。朝の用事を済ませた後、散歩に出た。いつもとは反対方向に加茂川沿いを北上し、通学橋を渡って西側の河川敷を御園橋まで南下する。そして御園橋を渡って、再び北上して帰宅。朝からの歩数は約5500歩。

 南アフリカケープタウンにある国会議事堂が、2日の早朝に放火されたというニュースが流れた。不審者が逮捕され調査が進んでいるというが、ラマポーザ大統領は声明を発表した。「民主主義の本拠地である国会議事堂が炎に包まれる光景を目の当たりにし、深い悲しみを覚える」「国会議事堂の歴史的遺産に壊滅的な打撃を与えたことは明白だ」と。私自身はケープタウンで生活していたときには、時間があると国会に傍聴にでかけ、南アフリカでは何が議論されているのかを知ることができた。アパルトヘイト時代に白人たちだけのための政治をやってきた場所だが、1994年にすべてのアフリカ人に選挙権が認められ、民主化が実現して以降、国会は重要な場となった。あらゆる差別法を撤廃し、新しい国作りのための場となり、活気があった。誰でもが国会での議論を傍聴することができた。

 ケープタウンではテーブルマウンティン等の山火事は頻繁にある。最近ではテーブルマウンティンの裾野にあるケープタウン大学の重要な建物が延焼した。自然現象として受け入れざるを得ないが、何かへの不満や恨みなどから、歴史的建造物に対する破壊行為などは許されるものではない。昨年末に起こった梅田での放火殺人事件は多くの被害者をだした。あってはならないことだ。

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