Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

アフリカ文学会へ 23日〜31日 ワシントンDCとニューヨーク 

今年のアフリカ文学会はワシントンDCで23日から27日まで行われた。

いつものように、友人のテルマ・ピントと南アフリカの女性作家のことを話し合った。

Intersectionality of South African Women writers. 私はシンディエ・マゴナとゾイ・ウィカムを取り上げた。Intersectionと言う言葉はとても難しいが、異なるものがぶつかって、どう関わり合いながら新しいものを作っていくかという意味ではとても興味がある。重要なテーマだと思う。マゴナにしてもウィカムにしても、南アフリカでは不断の地位を築いてきた。そしてアパルトヘイト時代から、転換の時代、現代の問題を俯瞰しながら、新しい展望を見つめる。その点では、作品は普遍性をもつ。

 アフリカ文学会に出発する前に、5月3、4日に、日本ーアフリカ官民経済フォーラムが南アフリカであった。新たなビジネス創出に向けたもので、アフリカに市場と日本への協力活動を拡大する狙いがある。日本政府がアフリカに目を向ける時は、必ず経済活動の拡大、世界の中で日本の政治的位置を高める狙いがある。日本政府は絶対にアフリカの人々の生活や文化には全く関心を示さない。アフリカ文学研究を長年やってきて、アフリカ文学会にはもう30年近く参加しているので、友人や仲間が増えているので、毎年参加するのは、お互いが健康で研究に励んでいることを確認する場でもある。

 同世代もしくは少し上の世代の作家たちも亡くなっていく。今年は、昨年に亡くなった、ナイジェリアの作家ブチ・エメチェタと南アフリカの詩人ウィリー・コチティーレの追悼パネルに出た。エメチェタのパネルでは、私が1985年にロンドンの彼女の家を訪ね、いろいろと言葉を交わした思い出話をした。息子のシルベスターはとても喜んでくれた。息子は今母親の出版物を扱う出版社を立ち上げて、アフリカ文学に関する会議に出ている。昨年もイェール大学でのアフリカ文学会にも来ていたし、10月ロンドン大学のSOASで開催された、マケレレ会議から50年の会議にも来ていた。母が残した大きな財産は、エメチェタの作品を読んで影響を受けた多くの人たちと出会うことなのであろう。いつも母の話を聞きながら、うれしそうにうなずいている。

 ウィリーのセッションでは、1992年に京都精華大学で開催された「アジア・アフリカ文学者会議」にウィリーが南アフリカ作家同盟から代表して参加してくれた時の話をした。ゆっくりユーモア交えて説得的に語るスタイルは誰にも愛された彼独特のスタイルをみんなで思い出した。

 誰でもいつかは亡くなる。その時、その時をどう人々と関わり合いながら、生きていくかが最も大事なことだと、再確認した。

 それにしても、日本社会はどうなっているのか、イライラしながら、ネットで配信されるニュースに接しては、怒りがこみ上げてくる。

アフリカやアフリカン・アメリカンの人々が正義や人権を求めて闘ってきた時代を共にして生きてきたものとしては、日本の安倍政権がいかに国民を騙していようとも、必ずいつかは悪事がバレるときがくると思うが、こんなにはっきりと、国民を騙して生き延びようとしてもがいている姿はあまりにも醜いと思うのは私一人ではないと確信している。

 あまりにもはっきりしているではないか。羽生結弦国民栄誉賞をもらうのはいいが、オリンピックで活躍した人はこれまでに多くいる。先日フランスで賞を受賞した「万引き家族」の是枝映画監督は安倍首相からそっぽを向かれ、何の賞賛の言葉もない。そうしたあからさまな安倍首相の態度を世界のメディアは酷評した。恥ずかしい。

ロシアのフィギャー選手ザギトワへの秋田犬贈呈式にまで参加した。協会側の対応により首相の出番はなかったようだが、あまりにもひどい。何でも自分の功績にして国民を「モリカケ」問題から目をそらせたいのが明白だ。情けない。

ワシントンDCでは会議の合間にワシントン広場を見た。55年前にマーティン・ルーサー・キングがかの有名なI have a dream と演説した場所。その100年前にリンカーンが「人民の、人民による、人民のための」政治を演説した場所でもある。歴史的な場所だ。広大な場所で、すぐ近くにはホワイト・ハウスがある。第二次世界大戦で戦死した人々を偲ぶ場所もある。歴史を記憶し、歴史を継承していく姿には多くを学んだ。

 日本政府は、日本の政治は、今どこに向かっているのだろうか、誰のための政治なのだろうかと思った。嫌な国になってきた。

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 第二次世界大戦時のメモリアルからリンカンホールを眺める。この間に人々が集まり、キング牧師の演説を聞いた。20万人が集った。

 

ようやく布団を交換

冬の布団をいつまでも使っていた。羽根布団なので、あまり暑さ寒さの変化を感じない。そうは言っても薄ての羽根布団に交換した。お天気がいいので、布団をしばらく外に干しておく。ようやくこれからの梅雨と夏を迎える準備ができた。

 我が家の洗濯機は全自動で、風アイロンなのでシーツなどを洗ってもシワはあまりできない。タオルもふんわりと仕上がり、気持ちよくできあがる。高温の風を吹き付けながら、乾燥させていくが、問題は2時間半ほど仕上がるまでかかる。

 数週間前に洗濯物のクズが目詰まりして、調子が悪くなった。洗濯機の買い替えをしなければならないのかと、しばらく頭を抱えたが、排水管や目詰まりクズを取り除いたり、あれこれしたが、うまくいかなかった。一度全ての電源を切り、しばらく放置しておいた。ようやくコンピュータ化されたプログラムがリセットしたのか、うまく動き出した。この機会に、全自動をやめて、洗濯だけをして、ベランダに洗濯物を干している。

 マンション住まいなので、洗濯物の位置は背丈までもなく、低い位置なので、干しやすいのと、外の景色を見ながら、太陽の光を浴びながら、洗濯物を干すのを楽しんでいる。仕事をしていた頃は、忙しさのあまり、洗濯物を干す時間がなく、全自動で乾燥までやってくれる洗濯機に感謝していた。外国にいる友人のほとんどは、洗濯物を外に干すという習慣もなく、完全全自動の洗濯機を使っていた。そうした暮らしに影響を受けたこともあった。

 毎日洗濯し、毎日それを干し、取り入れ、たたむと言う繰り返しだが、そういうことができることが楽しいと思えるようになった。毎日お花や植木に水やりをするのと同じ感覚、毎日食事を作り、美味しいと言って食べる日常茶飯事が楽しいと思えるのは、健康であるからだと感謝できるようになった。

 

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わけありとの百合を大原の朝市で購入してきてベランダの隅に置いておいた。綺麗に咲き始めた。どこがわけありなのかわからないが、白い小さな百合が咲いていたが、今は赤い百合が同じ枝から咲いている。横にある小さなバラの花も健気に咲いている。春はいろいろなものに新しい生命を与える。

 

 

衣替えをする

ようやく、衣替えができた。すでの毛糸類のセーターや冬物の上着などは洗濯を済ませておいたが、あちこちの引き出しにしまい込んでいたので、それを取り出し、薄物の服ととりかえた。最近では透明のビニール袋に入れて、夏物と冬物が外からみてもわかるようにしているので、衣替えは比較的簡単。だが、よくもこれだけ洋服を持っていると我ながら驚く。全部は着ないだろうが、いつか着るかもしれないと思って、出しておく。

 最近は筋トレの成果があがり、細身になったので、以前着れなくなっていたジャケットや上着がちょうどのサイズになっているので、着るかもしれないと思って取り出しておく。

 最近、古臭くなったり、そのままだと着ないと思う服を切ったり、つないだりしてリフォームしている。

この服はウェストまでしかないジェケットで下はフレアのスカートだった。スカートは絶対入らないので、スカートの下の部分を切って、上とつなげて、今風のちょっと丈の長い上着にリフォームした。何十年も着ないでとっておいたと思う。さっさと始末して断捨離をしなければと思うこの頃。

 

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植木鉢の隙間から可愛い花が咲いていると思って、よく見るとニオイバンマツリの花だった。おそらく鉢植えだったのが、枯れてしまったので、放置していたのだろう。新しい葉っぱがでてきて、花が咲いていた。南アフリカでは、Yesterday, Today, Tomorrowと呼んでいる。花は1日目に紫色の花が咲き、次の日には薄紫、そして3日目には白くなる。とても臭いがいいので、春の到来を告げる花だ。

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このベランダには鳩が飛んでくるので、糞公害と産み落とした卵との格闘をしている。鴨川では毎日鳩に餌をやる人がいるので、川沿いのマンションは鳩公害に悩まされている。鳩を見かけたら追い払っているが、追いつかない。以前に知らない間に雛にかえったが、餌や水がなかったのか、死んでしまい、ウジがわいていた。雛にかえらないように卵をとっては処分している。

 今朝は鳩の糞が落ちているベランダにクレゾールを撒いて、消毒をした。あの強力な臭いで鳩が寄ってこないことをねがうが、どうも鳩は臭いがわからないようだ。

 

 

 

高校の同窓会と母の日のプレゼント

5月15日、高校の同窓会が神戸で開催された。私は高校時代に放送委員会に所属していた。そのメンバーは折につけ集まり、おしゃべりを楽しんでいる。メンバー15人中、連絡が取れなくなった人と集まりがお嫌いな人が一人いて、13人はよく集まる。旅行に行ったり、神戸に出張してくる機会や、親の家に帰ってくる際に声がかかり、集まる。

 今回の同窓会では、放送委員会の女子会5人は参加せず独自の行動をとることにした。同窓会に出ている6人は終わり次第、元町で合流することにしていた。私たち5名は、朝10時半に神戸駅で集合し、そこからハーバーランドメリケン波止場を散策した。お天気が良く、遠く明石大橋が見えたり、六甲山が緑に萌えていた。神戸港巡りをした。わずか45分のクルーズで、川崎重工三菱重工の造船所などがよく見えた。同窓会場と成っているポートアイランドにある神戸空港の近くのウェデイング会場が船から見えていた。海側から見る六甲の山並みや新しくなったビルなどが、一層美しく見えた。23年前に神戸を直撃した地震で、神戸の港は岸壁が崩れ、その惨事の大きさがわかる場所を記憶のために残している場所がある。そのところを通りながら、地震の大きさを改めて感じた。神戸の街が美しくなっているのは、地震からの復興だと改めた感じた。

 

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 神戸の海を見るたびに、ケープタウンを思い出す。よく似た港町だからだ。人々の往来、人々の生活が織りなす港町独特の雰囲気は、懐かしい故郷だ。神戸では格式の高い有名なオリエンタル・ホテルでイタリアン料理をいただいた。予約していたので、別室が用意されていて、神戸の街を見ながら楽しいお食事ができた。それぞれが家族の問題を抱えながらも、元気で暮らしている様子がそれぞれから伝わってきた。

 二次会は元町にあるにしむら珈琲でお茶をした。延々とおしゃべりが続き、楽しいひとときであった。遠方は千葉市岡崎市から2人、京都と大阪からの2名を除いては7人が神戸に在住している。今回横浜に住む人と、埼玉に住む人が参加できなかった。

誰もが元気で楽しく暮らしていることが何よりだと思った。誰もが高校時代の頃を思い出していた。

 私がこうして神戸に来ている間に、娘が母の日のプレゼントを我が家に持ってきてくれていた。赤と黄色のバラが花瓶に生けられていた。ありがとう。

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アフリカ文学会の原稿準備

 5月に入ってから、アフリカ文学会で発表する原稿を書き始めた。今年はワシントンDCで5月23日から26日まで開催される。27日から30日までニューヨークに移動する予定。アフリカ文学会には、28年間出席しつづけてきた。南アフリカに滞在していた時に一度だけ不参加だったことがあるが、お陰でいろんな人と知り合いになり、同じ研究分野の人たちからは、教えられることが多くあった。なんとか研究を続けてこれたのも、こうした仲間がいたからかもしれない。その意味では、日本には同じ研究をする人がいなかったのは、すごく孤独だった。

 今回は、いつものようにテルマ・ピントと"Intersectionality of South African women's writers"について議論する予定。もう一つ頼まれたのは、ナイジェリアの女性作家ブチ・エメチェタさんが昨年1月に亡くなられたので、ブチ・エメチェタを偲ぶパネルに登壇することになっている。これは私とエメチェタとの関係と、日本での受容について報告する予定なので、これまでにエメチェタについて書いてきたことを英語に要約する。すでに原稿は8割がた完成しているので、あとは文章を丁寧に見直すだけでいい。

 いま書いている原稿は、およそ半分くらい出来上がっているつもり。ここ数週間はまじめに思考を巡らしている。自分一人の世界に没頭できる充実した時間だ。

 以前には、友人の車でニューヨークからサウス:カロライナで開催されたアフリカ文学会に参加するために、ワシントンDCを通過したことがある。彼女はアメリカ大学で教鞭をとっていたので、ワシントンDCは長年住んでいたので、よく知っていた。だが長距離の車での移動だったので、あまりゆっくりと街を見て回ることはしなかったので、今回のワシントンDC行きは楽しみ。ホワイトハウスやその前の広場にも行ってみたい。リンカーンマーティン・ルーサー・キング牧師が演説した場所にもたってみたい。

 

 

 

 

柳瀬元総理秘書官の嘘とごまかしに

先週は、柳瀬元総理秘書官の答弁に日本中が注目した。こんなにも嘘が平気でつけることに、あきれた。

 誰もが感じたように、安倍総理を守るために嘘に嘘を重ねる。総理秘書官が総理になんの相談も、報告もなく、総理の代理として面接したり、意見を述べたりできるのだろか。そこまで権限は与えられていない。どんなことだって、報告義務はあるはずだ。そうでなければ、職務怠慢となるのではないか。だが、それらは放置され、あくまでも総理は加計学園獣医学部設置の大学申請を昨年の1月までしらなかったという言質をサポートする。だが、柳瀬氏は総理とは関係なく、設置申請をめぐって過去3回も面接している。こんなことは絶対にありえない。

 もし、安倍首相が本当のことを語れば、首相も国会議員もやめなければならない。嘘つき総理ははやく事実を明らかにし、引退してほしい。

 とにかく、嘘をついて、国民の信頼もないのに、総理を続けることに心の痛みを感じないのだろうか。なぜ多く(?)の人が安倍首相を支持するのだろうか。

 同時に麻生財務大臣の無責任な発言、問題発言がめにあまる。セクハラがどういうものか全く理解していないし、財務省の文書改ざんは、組織ぐるみであったことは明白にもかかわらず、個人の責任にしたり、どの組織だって文書改ざんはあると居直る。こんなことを大臣たるものが口にしていいのだろうか。まったくの無知と傲慢な態度に怒りがこみ上げる。他の大臣たちの言葉なら即刻「首」なのに、麻生氏に忠告するものもいないのだろうか。「裸の王様」国家=日本に憂いを覚えるのは、私だけではないだろう。

 最近は帽子作りにこっている。リバティの布でシャツを作り、その残り切れで帽子を作っている。サッラとした綿布で作る帽子はあまり蒸れないので、とても気持ちがいい。

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植物園の春の花

 


最近の散歩は、鴨川沿いを歩き植物園内をブラブラすることが多い。春になって色とりどりの花が咲き始めた。植物園では花々に名前をつけてくれているので嬉しい。今はバラ園のバラが美しく、種類が多い。虫もつきやすいので、手入れが必要。わが家のバラも毎年咲いているが、花が終わったあとの剪定、肥料や水やりと、手間がかかるが、それを裏切らないので愛おしい。花の女王様。

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キングサリとハンカチの木。

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朝の散歩に加えて、筋トレジムへ週2〜3回通うようになって4ヶ月がたつ。わずか30分ほど道具を使った筋トレなので、ジム通いがあまり苦にならない。うっすらと汗をかき、身体が軽くなったような感じがする。衰えていた筋肉が復活していく感触にやや満足。意識してタンパク質の食べ物をとるようになったのも、健康を維持するための戦略。