Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

25日は北野神社の日

 朝の散歩はいつものコース。空気が少しひんやりしてきた。出町柳でのコーヒタイムも確保でき、いつものように新聞や雑誌に目を通す。『クロワッサン』に市原悦子が紹介されていた。彼女の声の作り方、出し方への工夫や努力、人生の楽しみ方から、学ぶことがあった。ラジオ放送で、例えば局から与えられる原稿をそのまま読まず、自由な感想を交えて、彼女の感じたまま、実際の生活感覚を語ってきたという。お中元の時期には、局側が書いた原稿は、「みなさん、お中元には何をお贈りになりますか」という文章に対して、お中元を贈る習慣のない市原悦子は「好きな時に、好きなものを贈る」ことを語り、慣習にとらわれないことを自由に語ってきたという。ささやかながら、メディアとも闘ってきたのだと思った。自由にものが言える社会を作ってきたのだ。

 いまNHKの朝ドラ「花子とアン」で、ラジオで子供向けにお話を始めた村岡花子は、ラジオ局から与えられる原稿に手をいれているが、すべて許可がいる。ある意味での検閲だが、花子は「ごきげんよう」という言葉を入れる。放送局はしぶしぶ許可したものの、視聴者からの反応が大きいことに、頭の固い局側の男たちは驚く。ものを書いたり、発表する側の、検閲に対するささやかな抵抗だ。村岡花子は、児童文学の翻訳家として、すばらしい仕事をしてきた。南アフリカの作家アラン・ペイトンの小説、『叫べ、愛する国よ』 を村岡 花子 は1962に翻訳出版している。南アフリカアパルトヘイトを強化していく時代に、人種差別の不条理を描いた作品を、よくぞ選び出して、日本に紹介している。人間性をベースにした文学への揺るぎない眼差しがあったことを改めて思った。
 
 25日は、菅原道真公の御誕生日6月25日、薨去の2月25日に因み毎月25日は御縁日として、多くの人でにぎわう。久しぶりに北野神社にでかける。

多くの露店がでるので、車の駐車場は使えない。バスで北野神社まで行く。すでに多くの人で賑わっていた。手作りの品物を持ち込む人たちも大勢いるので、品物を見ながら、それぞれのアイディアの面白さを楽しむ。イギリス人の若者が、インドで革製品作りの修行をし、いま日本で生活をしながら、インドの革を使って、カバン作りをしているという。とてもいい作品を持ってきて、露天で売っていた。しばらく眺めていた。私が買ったのは、ファスナー5本で100円。高知産のミョウガが袋にいっぱい入って250円。ミョウガの酢漬けを作るつもり。私は一分ほど熱湯にくぐらせ、甘酢につける。これは大原の朝市で教わった作り方。