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Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

アメリカ黒人詩人アミリ・バラカが亡くなる


昨夜はかなりの冷え込みだったので、今朝起きてみると一面雪景色だった。美しく見えるが、京都の町は雪に対応していないので、交通に大混乱がおこる。
アミリ・バラカが1月9日に79歳で亡くなった。彼はルロイ・ジョーンズという名前でアメリカ黒人詩人として活躍していたが、1960年代にアフリカ系アメリカ人が改名する風潮があった時代に、1968年彼はスワヒリ語でバラカ(神に祝福された子)という名前に改名した。ボクシングの世界チャンピオンだったカシアス・クレイモハメド・アリに改名し、アフリカ人でイスラム教徒であることを高らかに主張した時代だった。
バラカは若い頃に、出版社を起こし、アラン・ギンズバーグの詩等を掲載し、社会の変革を求める活動家であった。1965年にマルコムXが暗殺されたあと、バラカはますますアメリカ社会の人種差別に対する怒りをあらわにした。
 私は1990年にカナダのブロック大学で開催されたアフリカ文学会でアミリ・バラカに出会った。ブラック・パンサーの影響を受け、ラジカルな思想の持ち主として知られていたので、当時も健在な彼の詩の朗読には感動した。さらに10年後にも同じくアフリカ文学会が開催されたニューヨーク州立大学ストーニ・ブルック校にアミリ・バラカが現れた。彼はこの大学で教鞭をとっていた。彼の存在はオーラがあふれていた。
 バラカは1975年にグギ・ワ・ジオンゴと一緒にアジア・アフリカ作家会議主催の金芝河緊急集会に来日している。私はその時のことはずっと後に知ったので、来日時にはバラカにもグギにも会っていない。
 1960年代に活動し、いろんな意味で世界中に影響を与えた人たちが、次々と亡くなって行く。私などもそうした世界の動きや人種差別や人種社会を変革しようとした人たちから影響を受けた。大げさに言えば私の思想や考え方の基盤を作ってくれた人たちが亡くなって行く。私たちは次の世代に何を伝えているのだろうか。次の世代に禍根を残さない発言や行動をしているだろうか。