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Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

倉敷を散策する

 2月14日から一泊2日で、倉敷に出かける。日本中が大雪で朝から交通が混乱していた。新幹線も遅れに遅れていた。乗る予定にしていた列車も40分以上も遅れていたので、とりあえず新大阪まで行く。新大阪仕立てで岡山まで行くことに。そこから在来線倉敷まで。倉敷では小雨に変わっていた。

 以前から一度来てみたかった大原美術館でゆっくりと時間を過ごす。倉敷の白壁の町にある小さな美術館だが、所蔵美術品の素晴らしさに圧倒された。倉敷の町は倉敷紡績で繁栄したのだが、その創始者の息子の大原孫三郎(1880〜1943)が、倉敷紡績を経営する傍ら、経済的支援をしていた小島寅次郎の薦めによりエル・グレコ、モネ、ゴーギャンマティス、ドガ、ピサーロ、ミレー、ルノワールなどの作品を収集してきたという。「教科書にでてくる作品群」という企画もシャレていた。

大原美術館周辺は、かつての白壁の紡績工場や倉庫などが、倉敷川をはさんで立ち並んでいた。
古い時代にタイムスリップしたような気分になった。とてもおしゃれに見える建物だが、その中で多くの人たちが過酷な労働にも関わらず、快適な環境で仕事ができるような配慮があちこちにみられた。教育機関や、医療機関、託児所などを併設したのも、大原孫三郎だということだ。
アイビースクエアは、1889年に江戸幕府代官所跡に赤レンガの倉敷紡績工場が建設された所で、 1973年に改修されて現在の観光施設となったとのこと。赤レンガにへばりつく蔦の枝には緑の葉っぱが一枚もないが、夏には美しい風景を作るのだろう。ここにはホテル、レストラン、多目的ホール、倉紡記念館、児島虎次郎記念館、オルゴール館等があり、とても楽しい時を過ごせた。 赤レンガを覆う蔦は、紡績工場内部の温度調節の為に植えられたそうだ。




 15日の明け方に男子フィギュアスケートのフリーの試合があった。高橋大輔倉敷出身だということで、奇遇な気持ちもしたが、ベッドの上で正座をして応援した。前日のショートでは4位。メダルの可能性も高かったが、足の故障がうまく治っていないのか、成績は6位入賞。4回転は失敗したとはいえ、引き込まれる演技で、しかも滑らかな動きに魅せられた。演技が終わったあとの彼のなんともさわやかな顔に拍手を送った。メディアは「金メダル、銀メダル・・・」とメダルを取ることが最大の目的かのように報道される。オリンピックがナショナリズムの高揚に利用されているのは、とてもいやだ。トップ三人だけが価値あるのではない。上村愛子さんだって、すばらしい演技だと思った。客観的な点数がでない競技の評価のあり方に問題を感じる。上村愛子さんは、スピードの点でもトップだったし、滑る姿勢も素晴らしかった。なのに、どうしてあのような順位がつくのだろうかと思った。