Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

習字に行く

 月二回の習字の日。来客があるとのことで、しばらく待っていたが、なかなか現れない。私の来客ではないので、習字のお稽古に行くことにした。今日書いた文字は、「外受傳訓」。この後には、「入奉母儀」が続く。意味は男子は10歳ぐらいになると、外の先生について学び、女子は外に出ず、家の内で母から学ぶ。中国の教えだが、男女の性別役割の違いを早くからこのように教えた。

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習字の帰りには光洋で買い物をする。火曜日はシニア(65歳以上)割引10%があるので、大勢のシニアが買い物に来る。野菜も値下がりし、値引き商品もあるので、賑やか。誰もが生活を防衛して、この物価高、年金引き下げ、医療費・社会保障費の高騰に対抗するために、ささやかながら、毎日の生活を切り詰めながら、知恵を働かせる。

 あれもこれも買いたいが、手に持てる量には限りがある。今日はお米を買わなかったが、これから年をどんどん取るにつれ、重たいものや、トイレットペーバーのようにかさばるものが持てなくなった時、どうするのだろうかと思案する。

 帰宅してみると、来客はまだ夫と仕事の打ち合わせをしていた。長年知る仲なので、夕食の用意をして、打ち合わせが終わるのを待った。若鶏をジュノベーぜソースに漬け込んでいたものをオーブンで焼く。ついでに今日購入したししゃもをその横に置いておく。ポテトサラダ。手巻き寿司。焼肉用のお肉を焼く。豪華でもないが、一緒に食事をする人をおしゃべりをするだけで、食卓が豊かになる。

 

 

 

 

「万引き家族」をみる

 土曜日に筋トレジムに行ったとき、水筒を忘れて帰ったので、それを取りに行くついでに筋トレをした。わずか30分ほどの筋トレだが、継続的にやっているのと、アメリカに行っている間、全く筋トレをしなかったので、筋力が落ちるのを実感していた。わずかでも、脂肪が筋肉に変わることによって、体を支える力が出てきたことを実感していた。

 午後から、話題作の映画「万引き家族」を観に、MOVIX京都に行く。噂通り、家族とは何か、親子とは何かを考えさせられた。是枝監督の映画は、これまでから「そして父になる」「海街Diary」などを観たことがあるが、ほぼ同じテーマを扱ってきたように思う。

 祖母の樹木希林演じる初枝を中心に家族が暮らす。息子夫婦とその息子、嫁の妹の5人暮らし。そこに小さな女の子が加わる。この女の子は母親から虐待を受けていて、その家には帰りたくない。初枝の温かい愛情のお陰で、この女の子はこの家に暮らすようになる。血縁でない人たちが寄り添いあって徐々に「家族」になっていく。おばあちゃんの初枝の年金と家を当てにして、暮らしているが、生活費として不足分を「万引き」で埋めあわせる。祖母が亡くなる。死因などの取り調べを受けると、面倒なことが起こると考え、家の床下に死体を隠す。ある時、「万引き」が失敗し、取り調べを受けることになり、それぞれの関係性が徐々に揺らいでいく。そのプロセスで様々な問題が明らかになっていく。とてもほのぼのとしたヒューマンドラマである。

 貧しくて、「犯罪」に手を染めているが、この映画には何のジメジメしたものはなく、明るく、楽しく暮す人びとの生きる姿がある。樹木希林さんのお婆さん役はみごとだった。

 この映画がカンヌ国際映画祭で、最高のパルムドール賞を受賞したことに納得できたが、なぜ安倍首相は羽生結弦がオリンピックで金メダルを取った時、自ら電話をして祝福した。さらに、もうとっくにイギリス人になったイシグロ・カズオがノーベル文学賞を受賞した時にもお祝いのメッセージを送っている。日本人監督の日本映画が最高の賞を受賞しているのに、安倍首相は無視し、政府も完全に無視している。文科省の文部大臣は、文科省に是枝監督を招いて祝福を述べるとしたが、監督は「公権力とは潔く距離を保つ」と述べている。確かに、最近の政治はフィギャースケートなどのスポーツ競技や、芸術活動を利用して、権力支配を強化しようとしている。そうした政府とも一定の距離を取るという是枝監督のスタンスに大きな拍手を送りたい。

 

6月8日 平安神宮の菖蒲園

朝、フランス語の予習をしていると、友人から電話があり、今日は平安神宮神苑の菖蒲園を一般開放しているというので、一緒に見に行かないかと誘いがあった。普段は600円の入園料が必要だが、年に2度無料の開放がある。1万坪もある広大な庭園の池に蓮と菖蒲が咲き乱れる。以前に一度行ったことがあるが、まだ時期が早くで菖蒲をあまり見ることはできなかった。この時にコウボネという水草を知った。

 フランス語の授業は1時半からなので、11時に平安神宮の入り口で待ち合わせることにした。菖蒲は花の全盛期を超えていたが、水面に影を落としながら、美しく咲いていた。

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かつての京都会館ロームシアターに名称が変更になり、会館も美しく建て替えられていた。人々が憩う場所としては新しく生まれ変わっていた。小雨が降っていたが、気にならないほどだった。コンビニでサンドウィッチを買い、椅子に腰掛けて簡単なランチをしながら、日本の政治状況、大学行政への政治介入、嫌な世の中になりつつある時代への危機感を感じながら、日々どう生きるかをおしゃべりした。古き良き時代を懐かしむだけではいかない。これからもしばらくは楽しく暮らさねばならないので、降り注いでくる火の粉や不正義にははっきりと「ノー」と言おうと思った。

 午後からのフランス語の授業はいつもになく、楽しく学べた。

 

ニューヨークで

アフリカ文学会が終わり、アムトラックでニューヨークに移動した。友人のデールと同じ列車を日本から予約しておいた。昨年はアフリカ文学会の後、デールの家に居候して、ニューヨークの街をぶらぶらした。今年は私の妹と一緒にアメリカに来たので、ニューヨークではホテルに3泊した。妹はニューヨークは初めてだったので、久しぶりにニューヨークを観光した。自由の女神が見えるマンハッタン最南端に行き、自由の女神を対岸から眺めた。9・11で倒壊した世界貿易センターの跡地まで歩いて行った。昨年一人でこの地を訪れていたので、位置関係はわかっていた。さらに北上してニューヨーク大学の建物を眺めて歩いた。20年以上も前に、ケニアの作家グギ・ワ・ジオンゴニューヨーク大学の教授をしていた頃、何度が訪れたことがあり、ベッシー・ヘッドのことをグギさんのクラスで語ったことがあった。

 キャンパスといえる場所がなく、高層の建物だけの極めて都会的な大学で、学生たちは近くのワシントン・スクウェアでたむろしたり、様々なパーフォマンスが繰り広げられる。デールもこの大学のパーフォーミング・アーツで学び、ジンバブエ・コミュニティしあたーで博士号を取った。

 私はいつもこのニューヨーク大学のことを「知的生産工場」と呼んでいる。妹もこのような大学を見て、ショックを覚えたようだった。

 ニューヨーク大学の近くにある、全米最古の古本屋Strandで娘から頼まれていたバックを購入した。ユニオン・スクウェアからバスに乗り、一旦ホテルに帰った。

 ホテルはペンステーションの前にある古いホテルで、エンパイア・スティトビルのすぐ近くなので、どこに行くにも便利な位置にある。

 簡単なランチを済ませて、ブライアント公園まで歩いていく。ここはニューヨークで働く人たちの憩いの場でもあり、のんびりと芝生の上に座って、食事をしたり、おしゃべりを楽しんだりしている。6番外に面していて、高層ビルに囲まれているがその背後には、ニューヨーク市立図書館があり、図書館は5番街側に入り口がある。今回、ニューヨークの街をバスや徒歩で見て回ったので、それぞれの建物などの位置関係が十分に把握できた。

 5番街は世界の有名な店舗が軒を並べている。何度もここは歩いたことがある。かなり北のほうの、セントラルパークよりは南に位置するところにトランプタワーがあり、いつもながら、物ものしい警備で、観光客の一つの観光スポットにもなっている。

 今回、ケニア人の友人の娘が国連で働いているので、夕食を共にした。彼女はナイロビで高校を卒業すると、ケープタウンで大学準備校に入学し、翌年ケープタウン大学法学部で勉強をした。その後、ケニアで法律事務所で働いたが、母親がオーストリアに転勤になったので、オーストリア国際法をさらに学び、現在国連に努める。

 ケープタウン時代にはしょっ中出会い、様々な催しやパーティに誘い、母親代わりのような役割をしていた。今年のお正月にケニアから電話がかかり、結婚をする報告を受けた。そしてニューヨークにいることを知った。とてもよく頑張り、自分の道を切り開いていく人なので、まるで娘のような気持ちで見守っている。

 翌日国連の近くまで観光したついでに、国連の建物を見に行った。随分前に南アフリカの作家シンディウェ・マゴナが働いいた時、何度かニューヨークを訪れる度に訪ねて行ったことがあった。1990年代の初めの頃だったと思う。当時はなぜかすぐに国連の建物の中に入れたような気がする。今回は、予め国連見学の申請をする必要があるようだったので、建物の中には入れなかった。

 タイムズ・スクウェアにも行ってみた。ブロードウェイの劇場がいっぱい集まっているところだが、いつも観光客で賑わっている。随分前に「ミス・サイゴン」を見た。デールと一緒に、オフ・ブロードウェイの小さな劇場にも行ったことを思い出す。ニューヨークは世界に先駆け新しい文化を生み出す場であると再確認する。

 

 

アフリカ文学会へ 23日〜31日 ワシントンDCとニューヨーク 

今年のアフリカ文学会はワシントンDCで23日から27日まで行われた。

いつものように、友人のテルマ・ピントと南アフリカの女性作家のことを話し合った。

Intersectionality of South African Women writers. 私はシンディエ・マゴナとゾイ・ウィカムを取り上げた。Intersectionと言う言葉はとても難しいが、異なるものがぶつかって、どう関わり合いながら新しいものを作っていくかという意味ではとても興味がある。重要なテーマだと思う。マゴナにしてもウィカムにしても、南アフリカでは不断の地位を築いてきた。そしてアパルトヘイト時代から、転換の時代、現代の問題を俯瞰しながら、新しい展望を見つめる。その点では、作品は普遍性をもつ。

 アフリカ文学会に出発する前に、5月3、4日に、日本ーアフリカ官民経済フォーラムが南アフリカであった。新たなビジネス創出に向けたもので、アフリカに市場と日本への協力活動を拡大する狙いがある。日本政府がアフリカに目を向ける時は、必ず経済活動の拡大、世界の中で日本の政治的位置を高める狙いがある。日本政府は絶対にアフリカの人々の生活や文化には全く関心を示さない。アフリカ文学研究を長年やってきて、アフリカ文学会にはもう30年近く参加しているので、友人や仲間が増えているので、毎年参加するのは、お互いが健康で研究に励んでいることを確認する場でもある。

 同世代もしくは少し上の世代の作家たちも亡くなっていく。今年は、昨年に亡くなった、ナイジェリアの作家ブチ・エメチェタと南アフリカの詩人ウィリー・コチティーレの追悼パネルに出た。エメチェタのパネルでは、私が1985年にロンドンの彼女の家を訪ね、いろいろと言葉を交わした思い出話をした。息子のシルベスターはとても喜んでくれた。息子は今母親の出版物を扱う出版社を立ち上げて、アフリカ文学に関する会議に出ている。昨年もイェール大学でのアフリカ文学会にも来ていたし、10月ロンドン大学のSOASで開催された、マケレレ会議から50年の会議にも来ていた。母が残した大きな財産は、エメチェタの作品を読んで影響を受けた多くの人たちと出会うことなのであろう。いつも母の話を聞きながら、うれしそうにうなずいている。

 ウィリーのセッションでは、1992年に京都精華大学で開催された「アジア・アフリカ文学者会議」にウィリーが南アフリカ作家同盟から代表して参加してくれた時の話をした。ゆっくりユーモア交えて説得的に語るスタイルは誰にも愛された彼独特のスタイルをみんなで思い出した。

 誰でもいつかは亡くなる。その時、その時をどう人々と関わり合いながら、生きていくかが最も大事なことだと、再確認した。

 それにしても、日本社会はどうなっているのか、イライラしながら、ネットで配信されるニュースに接しては、怒りがこみ上げてくる。

アフリカやアフリカン・アメリカンの人々が正義や人権を求めて闘ってきた時代を共にして生きてきたものとしては、日本の安倍政権がいかに国民を騙していようとも、必ずいつかは悪事がバレるときがくると思うが、こんなにはっきりと、国民を騙して生き延びようとしてもがいている姿はあまりにも醜いと思うのは私一人ではないと確信している。

 あまりにもはっきりしているではないか。羽生結弦国民栄誉賞をもらうのはいいが、オリンピックで活躍した人はこれまでに多くいる。先日フランスで賞を受賞した「万引き家族」の是枝映画監督は安倍首相からそっぽを向かれ、何の賞賛の言葉もない。そうしたあからさまな安倍首相の態度を世界のメディアは酷評した。恥ずかしい。

ロシアのフィギャー選手ザギトワへの秋田犬贈呈式にまで参加した。協会側の対応により首相の出番はなかったようだが、あまりにもひどい。何でも自分の功績にして国民を「モリカケ」問題から目をそらせたいのが明白だ。情けない。

ワシントンDCでは会議の合間にワシントン広場を見た。55年前にマーティン・ルーサー・キングがかの有名なI have a dream と演説した場所。その100年前にリンカーンが「人民の、人民による、人民のための」政治を演説した場所でもある。歴史的な場所だ。広大な場所で、すぐ近くにはホワイト・ハウスがある。第二次世界大戦で戦死した人々を偲ぶ場所もある。歴史を記憶し、歴史を継承していく姿には多くを学んだ。

 日本政府は、日本の政治は、今どこに向かっているのだろうか、誰のための政治なのだろうかと思った。嫌な国になってきた。

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 第二次世界大戦時のメモリアルからリンカンホールを眺める。この間に人々が集まり、キング牧師の演説を聞いた。20万人が集った。

 

ようやく布団を交換

冬の布団をいつまでも使っていた。羽根布団なので、あまり暑さ寒さの変化を感じない。そうは言っても薄ての羽根布団に交換した。お天気がいいので、布団をしばらく外に干しておく。ようやくこれからの梅雨と夏を迎える準備ができた。

 我が家の洗濯機は全自動で、風アイロンなのでシーツなどを洗ってもシワはあまりできない。タオルもふんわりと仕上がり、気持ちよくできあがる。高温の風を吹き付けながら、乾燥させていくが、問題は2時間半ほど仕上がるまでかかる。

 数週間前に洗濯物のクズが目詰まりして、調子が悪くなった。洗濯機の買い替えをしなければならないのかと、しばらく頭を抱えたが、排水管や目詰まりクズを取り除いたり、あれこれしたが、うまくいかなかった。一度全ての電源を切り、しばらく放置しておいた。ようやくコンピュータ化されたプログラムがリセットしたのか、うまく動き出した。この機会に、全自動をやめて、洗濯だけをして、ベランダに洗濯物を干している。

 マンション住まいなので、洗濯物の位置は背丈までもなく、低い位置なので、干しやすいのと、外の景色を見ながら、太陽の光を浴びながら、洗濯物を干すのを楽しんでいる。仕事をしていた頃は、忙しさのあまり、洗濯物を干す時間がなく、全自動で乾燥までやってくれる洗濯機に感謝していた。外国にいる友人のほとんどは、洗濯物を外に干すという習慣もなく、完全全自動の洗濯機を使っていた。そうした暮らしに影響を受けたこともあった。

 毎日洗濯し、毎日それを干し、取り入れ、たたむと言う繰り返しだが、そういうことができることが楽しいと思えるようになった。毎日お花や植木に水やりをするのと同じ感覚、毎日食事を作り、美味しいと言って食べる日常茶飯事が楽しいと思えるのは、健康であるからだと感謝できるようになった。

 

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わけありとの百合を大原の朝市で購入してきてベランダの隅に置いておいた。綺麗に咲き始めた。どこがわけありなのかわからないが、白い小さな百合が咲いていたが、今は赤い百合が同じ枝から咲いている。横にある小さなバラの花も健気に咲いている。春はいろいろなものに新しい生命を与える。

 

 

衣替えをする

ようやく、衣替えができた。すでの毛糸類のセーターや冬物の上着などは洗濯を済ませておいたが、あちこちの引き出しにしまい込んでいたので、それを取り出し、薄物の服ととりかえた。最近では透明のビニール袋に入れて、夏物と冬物が外からみてもわかるようにしているので、衣替えは比較的簡単。だが、よくもこれだけ洋服を持っていると我ながら驚く。全部は着ないだろうが、いつか着るかもしれないと思って、出しておく。

 最近は筋トレの成果があがり、細身になったので、以前着れなくなっていたジャケットや上着がちょうどのサイズになっているので、着るかもしれないと思って取り出しておく。

 最近、古臭くなったり、そのままだと着ないと思う服を切ったり、つないだりしてリフォームしている。

この服はウェストまでしかないジェケットで下はフレアのスカートだった。スカートは絶対入らないので、スカートの下の部分を切って、上とつなげて、今風のちょっと丈の長い上着にリフォームした。何十年も着ないでとっておいたと思う。さっさと始末して断捨離をしなければと思うこの頃。

 

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植木鉢の隙間から可愛い花が咲いていると思って、よく見るとニオイバンマツリの花だった。おそらく鉢植えだったのが、枯れてしまったので、放置していたのだろう。新しい葉っぱがでてきて、花が咲いていた。南アフリカでは、Yesterday, Today, Tomorrowと呼んでいる。花は1日目に紫色の花が咲き、次の日には薄紫、そして3日目には白くなる。とても臭いがいいので、春の到来を告げる花だ。

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このベランダには鳩が飛んでくるので、糞公害と産み落とした卵との格闘をしている。鴨川では毎日鳩に餌をやる人がいるので、川沿いのマンションは鳩公害に悩まされている。鳩を見かけたら追い払っているが、追いつかない。以前に知らない間に雛にかえったが、餌や水がなかったのか、死んでしまい、ウジがわいていた。雛にかえらないように卵をとっては処分している。

 今朝は鳩の糞が落ちているベランダにクレゾールを撒いて、消毒をした。あの強力な臭いで鳩が寄ってこないことをねがうが、どうも鳩は臭いがわからないようだ。