Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

カーブスに参加する

 和ダンスをマンションに運び入れてもらった。50年も前のものだが、しょっちゅう使うものではなかったので、十分に使えそうだ。

 マンションは基本的に服などを収納する場所が少ないので、できるだけ物を溜め込まないで快適に暮らしたいと思っている。日本は四季があるのと、多くの人が狭い場所に住んでいるので、衣替えは絶対欠かせない。結構時間がかかるのと、洗濯してしまっていても、もう一度洗濯しなおすので、結構重労働になる。

 仕事をしていた時は、時間の節約のためにかなりクリーニングに出していたが、クリーニングから帰ってきた服に満足することが少なかった。たしかにうまくアイロンがけがしてあるのはありがたいが、綺麗に洗濯しているように思えない。他の人たちの衣服と一緒に洗濯されていて、ドロドロの洗濯液に使っていると想像するだけでもいやになっていた。

 最近では時間があるので、自分の手で丁寧に洗っている。ほとんどのものを洗っている。洗濯機で脱水をかけ、毛糸のセータなどは、風呂場に吊るしている大きな円形のザルのような上に広げておく。風呂場の乾燥機をかけると、ゆんわりと乾いてくれるので嬉しくなる。

 友人の勧めもあり、カーブスの女性だけの筋トレジムにでかけた。なぜ筋トレが必要かという説明を受け、実地体験をした。なかなか普段は使わない筋肉を使ったとレーニングだった。ショックだったのは、背丈が2センチも縮んでいたのと、筋力が極端に落ちていた。すこし頑張って、筋肉をつけてみようと思っている。

メディアの役割って何?

 昨日は一日中家にいて、片づけと洗濯に明け暮れた。今日の午前中はやるべき仕事があったので、静かに机に向かっていた。お昼ご飯を作りながらテレビを観ていると、明けても暮れても、「相撲の世界、貴乃花親方や理事会のことと、山尾しおりさんのことばかり。どちらも個人的なことで、週刊誌的関心を煽るような報道に辟易する。

 一体国会はどうなっているのか、加計学園獣医学部の件や森友学園の件は一体どうなっているのか。伝わってくるのは、FacebookTwitterなどのSNSからだ。獣医学部の建設の際にもっとも重要な細菌などを扱う実験室に機密性があるのか、厚生省が認可したのか、と重要な質疑が国会でなされているというニュースなどをFacebookで知り得るのは、おかしくないだろうか。

 マス・メディアも、安倍首相を忖度して政治課題を流さないようにしているのなら、あるいは安倍政権から圧力がかかっているのなら、メディアはもう死に絶えている。メディアがバラエティ化し、まともに報道しないなら、NHKに対しても視聴料など払えない。

 最近、NHKの視聴料支払いに関する最高裁の判決が出たが、それはNHKに有利なものだった。もし視聴料を払わなくてもいいという判決ならば、誰も視聴料を払わなくなるし、今払っている人たちだって、支払いをやめるだろう。だから、社会を混乱させるような判決は出ないのに決まっている。私の理解は、NHKと視聴者が放送契約を交わした人だけが、視聴料を払わなければならないが、その放送契約は任意のものであり、税金の支払いのような国民の義務ではないはずだ。

 NHK放送を見たくない人に対しても視聴料を払わせるとすると大きな問題になるだろう。視聴料を払わない人に対して、テレビ電波を送らないのでいいのではないか。技術が発達した時代にそのことは可能だと思う。

今はネットの時代になっていて、新聞ニュースもテレビニュースも番組もネットで観れる時代になっている。テレビを持たずにネットでアクセスできるので、そのような人には、過料方式を取ればいい。どれだけの人が政府よりの偏向番組を見たいと思うだろうか。

 

気がつくと12月12日になっていた

 気がつくと、12月中旬に入っていた。なかなかブログが書けなかった。とくに忙しかったわけでもなく、忙しくなかったわけでもない。ようやく母の家の片づけが終わったので、少しは時間の余裕ができたはずだが。。。

 12月9日、女性学研究会の40周年記念集会が大阪のドーンセンターであったので、中西豊子さんと一緒に午後から参加した。私は40年前にこの研究会が発足したときのことは知らないが、その後何年かして、研究会の例会に何度か参加していた。誰もが熱く女性が置かれている状況を語り、またアメリカやイギリスでの女性学の研究成果を発表していた。とても新鮮な感覚だった。この研究会から出発して、その後の日本の女性学研究を担う人たちが大勢いる。上野千鶴子さんや姫岡とし子さんなど。久しぶりに出会った人たちは多くが年をとり、元気で溌剌としていた。この40年のなかで変わったことや、変わっていないことなどを確認したひと時だった。

 12月4日。いままで使っていた携帯電話を、iPhone8に機種変更をした。ドコモショップで2時間近く費やした。待ち時間が1時間近くかかり、さらにいろんな質問をうける。現実的には携帯電話機能と外に出ているときだけ検索機能を使うにすぎないのに、いろいろと説明を受けていると、どんどん携帯使用料金が値上がりしていく。外で使うときの携帯電話のアクセスを早めるためにだけ、月々5000円もかかるという。私にはまったくの不要なこと。家にWiFiがあり、iPhoneと同じ機能を共有する、Macのコンピュータ、iPadも同時使用しているので、不要。結局、ある容量を超えるとスピードが落ちるが定額3500円にした。これは絶対必要だという。

 翌日、メール設定ができないでいたので、再度ドコモショップに行く。対応した若い人は、メール設定に必要なパスワードを忘れているのではないかと言われた。私は、「えっ」とおもわず声をだした。iPhoneを販売しているアップル社の製品を30年近くってきているので、そんな初歩的なことは十分承知しているが、年寄りはそのようなことがあるという。ショックだった。年寄りにはiPhoneのような超モダンな機器は使えないとでも思っているかのようだった。結局、私が想像していた通り、iPhone8のメールの受送信メールアドレスが変更されていて、どこかの設定が必要だったのだ。

 結局ドコモショップの販売員の方にはわからず、ドコモのサーバ元に電話をかけた。私の携帯電話がそのサーバで見られる状態にして、私の携帯を使って変更を試みた。うまくいかず、結局は初期化をして、サーバ側の指示にしたがって、再設定をしたようだった。それに2時間もかかった。もう少し技術的に理解した人を配置すべきだと思った。

 またもや、ドコモメールではなく、SMSの機能が使えないことが判明。再々度ドコモショップにでかける。自分のメールから自分にSMSは送れるが、他の人からは私には送れない。妹に何度もSMSメールを送ってもらうがダメだった。再度ドコモのサーバに問い合わせて、いるが要領をえない。またもや2時間かかった。この原因は、まえのドコモメールの設定のさいにやっておかなければいけないことが出来ていなかったのだ。

 携帯電話を最初購入したときに、ドコモショップで家族から送ってもらってSMSの実験をしてうまく届いていたからだ。

 とにかく、携帯電話はどんどん進化しているが、売り手のドコモなどは、それに十分に対応していないようだ。あまりにも不親切だと思った。

12月5日。50年ちかく戸塚刺繍をやっている高校時代の友人が出品している、戸塚刺繍展が大阪の阪急であるというので出かける。久しぶりに高校時代の友人6人で出会った。いつものようにこの間の生活の変化、健康状態などをおしゃべりをした。ランチをゆっくりいただき、そのあと梅田の空襲庭園があるスカイタワーにあがった。とても空気が澄んでいたので、遠く明石大橋も見えた。ゆっくり流れる時間を幸せだと思った。

12月8日。フランス語の授業。あいかわらず進歩もないが、楽しく学んでいる。

 

 

鶏足寺に紅葉をみにいく

 友人の誘いに応じて、琵琶湖北の鶏足寺に紅葉をみに行った。ここの紅葉は滋賀県で一番美しいとされているが、最近まではひっそりとしたお寺だったようだ。境内には200本の紅葉がある。最近にはあちこちで観光ツアーが組まれて、人気を博している。古くは奈良時代にさかのぼり、行基上人が草創したと伝えられる。私たちは、朝8時半に出発し、10時半には鶏足寺に着いた。まだそれほどの人もなく、なんとか駐車できたが、数分後には車列がつらなり、旅行会社の旗を目印に大勢の人たちが歩いてきた。鶏足寺木之本町にあり、日頃は静かな田舎町であるのだろう。田んぼの中を抜け、林立する檜の間から茶畑がみえる。

 今年は急激に秋に入ってから、気温が急激に下がったり、暑い日があったりと、気候の変化が激しかったので、一層鮮やかな紅葉をみることができた。

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帰路、長浜で鴨鍋をたべ、贅沢な気分を味わった。こうした秋の自然に触れることができて、リフレッシュできた。 

 

身の回りの整理と憂う日本

 仕事場の部屋にはとにかく要らないものが山のようにある。あちこちと置き場所を変えては、ごまかし、ごまかししながら、スペースを作ってきたが、不要なもの、ここ何年も使っていないものは、廃棄処分するのが一番。大決意をして処分することにした。

 ベランダもそうだ。スペースがあるところにいろんなものを詰め込み、ものをため込んでいる。ここ数年使っていないものを、思いっきり捨てることにした。スペースがあることは、それだけ精神的に豊かな暮らしができるような気がする。断捨離の始まり。

 加計獣医学部が認可された。来春開学される。あれだけ安倍首相は「丁寧な説明」もせず、まともに国会審議もせず、不明瞭なまま獣医学部が開設される。国会での追求を逃れるために野党との間での質問時間を短縮した。これは自民党が野党の時代に、2対8の割合で野党の質問を多くしたことを、全くわすれ、今や議席数の割合とか、何だかんだといちゃもんをつけ、2対8から5対5にしようとする。全く民主主義ではない。国会でまともな議論ができてこそ、民主社会というものだ。

 安倍氏のわがままをそのまま許す、自民党政権とは何なのだ。小選挙区制が問題なので、すべての国会選挙は、党別比例代表制が最も民主的だと思う。世界中の多くの国で実施されている。

 南アフリカでは比例代表制が取られ、党の綱領や理念が選択される。

 それから、安倍氏が勝手に国外で助成金や支援金を約束してくる。イバンカ氏への「女性基金」57億円は、これから国会で議論して、何年かにわたって拠出するという。国民の税金を安倍氏の個人の思いつきや、支援で国家予算を使ってい良いのだろうか。国是にの泥棒ではないか。日本の女性支援にどれだけ、資金援助があったのだろうか。保育所作りにどれだけ、力を入れたのだろうか。選挙公約として、増税をするが、その資金を子供の教育費に使うと言うデタラメなことを言った。嘘に決まっている。

 トランプ大統領との会談で、結局は軍事費の増大、アメリカの武器購入を約束させられた。その後も100%アメリカの子分であることを公約している。なんという首相だろう。世界のメディアでどう評価されているかをもっと認識すべきだ。

 あ〜あ〜、どうしてこんなひどい日本になってしまったのだろう。

 

10月5日、神戸へ

 10月5日(日)、母の家の整理に出かける。母は生涯専業主婦だったが、母の衣服を整理していると、何一つ捨てることなく、大事にとってあった。それぞれの服を着ていた頃の様子が目に浮かんでくる。妹が丁寧に作った服も大事にとってあった。晩年着る機会もなかったのに、大事にしまっていた。押入れの奥の手に届かないところにしまっているので、ここ10年以上は絶対に手を通したこともないような服がたくさんあった。私自身も物を捨てられずにいるが、そろそろ断捨離をしないと、いけないと思った。母は物がない時代をくぐり抜けてきて、3人の子供たちが巣立った後には、自分のために楽しく暮らしてきたと思う。その様子が、数々の洋服に表れているように思った。

 母の洋服は私も妹も趣味が違うので、着ることはないのが、悲しい。だから本人が早く断捨離をしておくべきなのだが、そういうことが母にはできなかった。人が亡くなるということは、多くのものと一緒に無くなっていくのだと思った。

11月1日、帰国

ロンドンで開催された会議に出た後、ロンドンに3日間滞在した。特に予定もなく、のんびりと過ごした。カムデン・タウンで開催される大きな日曜市を覗いた。雑貨や若者の服や手作りのものなどが所狭しと並べられている。ストリート・ミュージックもあり、様々な国の食べ物などが売られている。世界中の文化がここにあるような感じだった。若者たちの自由なファッションがここにある。

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ここには何度か来たことがあるが、その度に違った新しい発見がある。文化を作り出すエネルギーのようなものを感じる。