Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

お墓参り 習字 長崎の「平和宣言」

 お盆には少し早いがお墓参りをした。娘が車で私たちを運んでくれた。すごく暑い日だった。春のお彼岸以来のことだったので、雑草が生えていた。娘はコテや小さなスコップを持って来てくれていたので、簡単に雑草を処理することができた。すでにお墓参りを済ませているところもあり、綺麗なお花が入っていた。夏の行事を済ませた気分。

 名神高速道路が高槻周辺あたりから大混雑ということで、茨木で下の道におり、171号線を京都に向かった。下の道は混んでいなかったが、時速制限があるので、ゆっくりと帰った。途中でファミレスに入り、お昼ご飯を食べた。レストランは結構混んでいて、6組待ちだった。注文はタブレットで行い、それほど待たずに出てきた。前に立てかけてあるアクリル盤が鬱陶しいと思った。

 大丸の近くで車から降り、お習字の教室に向かった。この前のお習字のお稽古は豪雨のために欠席した。「何遵約法 韓弊煩刑」(かじゅんやくほう かんへいはんけい)の前半部を書いた。意味は「蕭何は、高祖の約法の趣旨を遵守し、韓非は、煩雑な刑罰を行い失敗した。」蕭何と韓非は人の名前。遵の字の筆運びが難しかった。静かに文字と向き合い、精神を集中させることができた。気持ちのいい時間だった。

 

 

 8月9日は長崎に原爆が投下された日。広島に次いで二発目の原爆だった。日本は世界で唯一の原爆被曝国だ。人口約24万人のところに原爆が投下され、一瞬にして7万人以上が命を奪われ、重軽傷者7万人以上いたといわれている。

 長崎市の田上富久市長が平和宣言をした。ロシアのウクライナ侵攻で「核の脅し」を念頭に置き、こう述べた。「核兵器の使用は『杞憂(きゆう)』ではなく『今ここにある危機』である。・・・核兵器を持っていても使われないだろうというのは幻想。核兵器をなくすことが、未来を守るための唯一の現実的な道だ」。「私たちの市民社会は、戦争の温床にも、平和の礎にもなり得ます。不信感を広め、恐怖心をあおり、暴力で解決しようとする“戦争の文化”ではなく、信頼を広め、他者を尊重し、話し合いで解決しようとする“平和の文化”を、市民社会の中にたゆむことなく根づかせていきましょう。」と。

 今、日本ではアメリカの「核を共有する」が議論されており、岸田首相が何と言おうとも、日本はこの6月の「核兵器禁止条約締約国会議」にオブザーバ国としても参加しなかった。頑なに「核兵器禁止条約」に署名しない。そんな日本が「核を持つ国」と「核を持たない国」の橋渡しがどうしてできるのか。誰にでもわかるが、アメリカの顔色しか見られない日本は情けない。広島で感想を述べた小学生、長崎で「人間の鎖」を披露した高校生の方が、世界にむけてずっと大きな訴えとなった。政府の欺瞞、誤魔かしは、もういらない。