Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

12月17日 フランス語の授業と毛糸

17日(金)午前中はフランス語の授業。12月は今日まで。受け身形について学ぶ。現在形、近接過去形、複合過去形、半過去形、大過去形、近接未来形、単純未来形の受動態を学んだ。基本的には動詞の時制をしっかり学んでおけば、受動態は基本的にはêtre + 過去分詞にする。それぞれの時制のなかで変化をすればいいが、動詞の形を理解することが第一。あとは過去分詞が主語の性・数に一致すること。これがややっこしい。慣れるしかないのか。

 お昼の食事に誘われて、ランチをご一緒することにした。4人。ヨドバシカメラの食堂街に行き、麦飯定食をいただく。京都駅周辺にはたくさんレストランがあるが、ほとんどが11時半からか、12時から始まるので、それまでには時間がある。伊勢丹ヨドバシカメラの食堂街しかお店は早い時間から空いていない。先週はみなさんはあちこちと放浪したそうだ。お一人は早くも海外旅行の話をしていた。旅行会社は多くの人を旅行に駆り出したいのはわかるが、ヨーロッパでもコロナ感染が予想以上に拡大しているし、日本を出る前にPCR検査をし、帰国後も検査が必要で、10日ほどの隔離させられる。そんな危険を犯して旅行をしなければならないだろうか。近場で動くのはいいがと思った。いつになれば、以前のように自由に往来ができるようになるのだろうか。そんな日がはやく来て欲しいと思う。

 久しぶりにヨドバシカメラの地下にあるユザワヤで野呂英作さんの手染めの毛糸を購入した。何を作るかは考えていないが、野呂さんの糸は見ているだけでも楽しい。

 久しぶりに久留米絣のロングのコートを着た。とても着心地がいいので着る機会があってよかった。だけど、私の身長が縮んだのか、コートの丈が思ったより長くなっていた。家に帰ってから5センチほど縫い込んだ。昨年は外に出ることがほとんどなかったので、コート類を一切着なかった。今年は来てみたいコートを洗濯にだすことにした。洗濯をしてしまっていたが、それでも数年は袖を通していないので、近くの洗濯屋さんにコートを持って行った。ついでに上賀茂神社の中を散歩した。夕方なのでとても静かだった。紅葉はすっかり終わり、冬を感じた。多くの人が無事に初詣できるといいなあと思った。私は敬虔な宗教者ではないが、神社が静かすぎるのは、あまりにも寂しい。

 沖縄の米軍基地で100人近いアメリカ人がコロナ・オミクロン株の感染者がでている。その米軍基地で働く日本人が1人オミクロン株に感染したという報告があった。沖縄県は米軍に対して正確な情報の共有を求めているが、米軍側はなかなか明らかにしないという。米軍基地には、アメリカから直接飛行機が飛んでくるという。日本の税関を通過する必要がないので、いくらでもアメリカや海外からオミクロン株は入ってくる。それを日本政府は止めようがない。あまりにもひどい。沖縄の人たちはコロナ感染を止めることができない。沖縄の状況はいまの日本の状況そのものを象徴する。台湾が戦場になった場合、アメリカも日本も沖縄から、さらには八重山諸島から軍隊、ミサイルを発射して交戦となるだろう。日本にいる外国籍の人たちがコロナに感染した場合は、感染者数に入れられているが、沖縄や基地内のいるアメリカ人は特別扱いのようだ。こんなことでは、コロナ感染拡大を抑えることはできない。空路で海外から日本に入ってくる人たちに対して空港で検査があり、陽性者や濃厚接触者などを、ホテルなどの施設に足止めしているが、もうそれも容量を超えるという。自宅待機になった人たちの中から、陽性者もでている。もう市中での感染がはじまり、瀬戸際で止めることができなくなっている。かなりのスピードで拡大していくことは間違いない。政府の一貫して政策や対策がないのが問題。いや〜な予感。