Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

9月7日 一日中机の前で、チナ・ムショーペのことを思う

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  9月7日、朝から一日中、机の前に座っていた。南アフリカで、女性作家、ストリーテラー、詩人、女優などの肩書きをもつチナ・ムショーペのビデオを整理したり、彼女の詩や短編を再読。彼女とは、1991年12月にヨハネスブルグで初めて出会った。それより以前に南アフリカ文学に関心があった私はチナがどんな人が知らなかったが、彼女が書いた短編「トイレ」を読んだときに、それまでとは違う南アフリカ文学の作品の世界を知った。その作品を翻訳して、南アフリカの状況を知らせたいと思った。1990年のことだった。当時はGcinaをどう発音していいかわからなかった。後にコーサ語を知り、ご本人からも南アフリカの人たちからも聞いて正しい読み方を知った。それから、1992年には京都精華大学で開催した「アジア・アフリカ文学者会議」に南アフリカから参加してくれた。

 実は退職後も毎年のようにある大学の後期の講座に招かれてアフリカ文学の講義をすることがあった。今年も行く予定にしていたが、4月からの開講がオンライン授業に切り替わった。オンラインは多くの大学で導入採用されているが、私には経験がない。いろいろと技術的なトラブルが発生したりするといやなので、授業をすることを断った。すでにプログラムに組まれているので、担当の先生が新たな講義をされるか、南アフリカ文学を取り上げるならばと思って、資料だけを提供することにした。私自身は自分の授業で毎年チナをとりあげ、南アフリカ文学の現状理解に役立ててきた。チナが取り上げられると嬉しい。

 いまではチナとは、Facebookで日常の情報交換をしている。Gcinamasiko Heritageを運営し、ストーリテリングの場を作り、若者たちの語り部を養成することにも力を注いでいる。ビデオテープ「Nozikwazi」はチナが南アフリカの農村部の小学校や中学校に出かけていき、ストーリテリングを実践し、本を読むことの重要性を訴るドキュメンタリーで、久しぶりに観た。この中に取り入れている小学校には私も同伴した。その時の場面がよみがえり、チナのバイタリティを再確認した。

 コロナ禍のなかで、人と人が分断されるのではなく、どうすれば連携したり、集合したりできるのか、模索している。それはアパルトヘイト時代にはあまりにも厳しい法的分断・隔離を経験してきたからだ。それを越えていく活力をチナは多くの人に与えている。こうした時期だからこそ、コロナ禍にまけずに、芸術や文化の力で人々を勇気づけ、前進し続けていく。そんなチナはみんなから愛されている。