Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

京都の市バス

 朝から雪景色で、空気は冷たかった。雪解けはしていたが、昼すぎに猛烈な勢いで再び雪がふってきた。大粒の雪で積もりはしなかった。

 フランス語の授業に参加するために、家を結構早く出たにもかかわらず、いつものバスに乗り遅れた。少し歩いて別のルートのバスに乗る。かなり時間の余裕があったが、バスはなかなか来ない。乗ったバスはすでに10分ほどの遅れがあったというが、のろのろ運転。雪のためではない。何度も何度も遅れを詫びる車内放送が繰り返される。だが、急ぐ様子もなく、どんどん遅れていく。こちらは授業に遅れてしまって困っているのだが、どうしようもない。

 運転手さんは若い人だったが、やたらと語尾をのばし、変なアクセントで喧しいぐらい、停留所毎に放送する。いらいらするのは私だけではない。乗客はバスに乗せてもらっていて、すべて運転手さんの思い通りの囚われの身なのだ。市バスに乗るのは高齢者が多いが、車内で転倒しないように気を配っているのかもしれないが、余計な御世話だといいたいほど、「手すりを持て」とか、「座れ」とかいう。従わないと、従うまでバスを出さない。遅れるのは「あんたたちのせいだ」と言わんばかり。

 フランス語の授業は4人だけで受けている。次々に辞めていく人がいるからだ。一年経って残っているのがこの4人。お一人だけが来ていて、私が2番目だった。しばらくして、3人目、さらに4人目がきて、全員が揃った。3人ともバスの遅れによるものだった。

 バスの運行距離にすれば短いが、京都市内のバスが予想以上に遅れるのは、道が狭いこと、車の量が多く、一方通行がたくさんあるためだ。観光客もいま増えていて、バスや地下鉄を利用する人が多い。古い町がかかえる問題かもしれないが、年をとるとこうした公共交通機関に頼るしかないので、なんとか改善されないだろうか。

 ある時、外国からの観光客に対して運転手さんが無礼な態度を取っていた。「日本に来るなら、日本語ぐらい勉強してこい」と暴言をはいていた。運転手は料金の不足を説明できずに、悪態をついた。中国人か韓国人の観光客は、何のことかわからずポカーンとしていた。怒鳴られたことだけはわかっていた。果たして、この運転手はヨーロッパやアメリカから来た白人の観光客にこうした態度は取るだろうかと思った。

 

 夜、卓球人生の福原愛ちゃんの24年間の軌跡がテレビ放映されていた。天真爛漫な愛ちゃんの姿と、彼女の努力と才能に見入った。体力をつけ、技術を磨いていく過程は誰にでもできるものではなく、愛ちゃんの優れた人柄から滲み出ていた。久びさのいい番組だった。