Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

1月2日 神戸の母のところへ

 1月2日。ケアーハウスに入っている母を、長年住んできた神戸の家に連れて帰り、簡単にお正月を私と妹の娘家族たちと一緒に祝った。私は娘家族と一緒に車で神戸の実家を訪ねた。神戸の家は日頃は誰も住んでいないのだが、時折兄や私たちが母の身の回りのもののを取りに行ったりして、部屋の空気の入れ替えなどをしている。とはいえ、人が住まなくなった家は寂しいものだ。

 私の娘が母をケアーハウスに迎えに行った間に、部屋の掃除と食べ物の用意をした。京都からは簡単なおせち料理を詰めて持ってきた。母に恒例のお正月の雰囲気を少しでも味わってほしいと思った。母は、日頃はケアーハウスに入れられて子供たちに見捨てられたという思いが多少あるようだ。

 私は夫の両親と35年同居し、毎年おせち料理を作り、夫の姉妹家族を迎え入れる行事にうんざりもしていたが、家族円満の秘訣と心得、長年慣行してきた。同じことを兄夫婦に押し付けるわけにはいかないと思いつつも、母の気持ちになると哀しくなる。母は兄をとりわけ可愛がり、兄の家族と一緒に暮らせることを夢見ていたようだ。その期待が全く外れてしまい、ケアーハウスに入れられたことへの不満や不足が出る。きょうだいは平等とはいえ、娘たちがいくら母への思いをいろんな形で示しても、満足の度合が違うので、どうしようもない。こうしたものは、家父長制の家意識の典型なのだと思うが、いまさら母にはどうにもならない感情なのだ。

 とにかく、母は娘と孫、ひ孫に囲まれて楽しいひと時を過ごしてくれたと思う。

 神戸から京都への帰路、中国道名神高速道路で少し渋滞があったが、比較的スムーズだった。娘家族が我が家で泊まった。

 例年は1月2日に北野天満宮にお参りに行き、そこで書初めをする。私以外は毎年金賞や銀賞を得て文字を丁寧に書くことに喜びを感じている。今年は神戸の母のところに出かけたので、1月3日に北野天満宮に行くことにした。

 1月2日も3日もお天気に恵まれ、暖かい日が続いているのはありがたい。

 

 1月3日。北野天満宮は学問の神様と呼ばれる菅原道眞公をおまつりしているので、入学試験の合格祈願に訪れる人が多い。孫は、中学3年生なので、高校入試があるので、少し緊張気味で絵馬に合格祈願をした。神頼みではなく、真摯な気持ちで入試に向き合う覚悟をしたのではないかと思う。

 私が書初めで書いた文字は、「白梅」。以前にも書いたことがあるが、梅という字がなかなかうまく書けなかったので、再挑戦した。

 中学1年生の孫が一人残り、我が家で連泊した。翌日、この孫は物作りが好きで、クッキーを焼いた。午後に山科まで送っていく。