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Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

南アフリカから友人来る。嬉しいプレゼント

24日(金)。南アフリカから友人がやってきた。昨年初来日だったが、よっぽど気にいったらしく、再度やってきた。どうしても春の時期に来たいと思ったのだろうが、残念ながら桜はまだ咲かない。特に今日は寒かった。ベジタリアンなので、日本では食べ物を探すのは難しい。私の友人とその娘と娘のボーイフレンドの3人。

 先日、アメリカからやってきた友人と一緒にランチをしたベジ・カフェにお連れした。このベジ・カフェを経営しているのは、福島の原発事故の後京都にやって来た姉妹だ。とても美味しくて、優しい味のお店で、京都大の農学部のすぐ近くにある。食事の後、銀閣寺から哲学の道を歩いた。午前中に金閣寺を訪れていたので、銀閣寺とは対照的なのを知り、驚いていた。

 そのあと、清水寺に行きたいとのことで、タクシーで清水寺まで移動した。観光客が多く、参道はなかなか進めなかったほど。中国からの観光客の若い女性たちは日本の着物を着て、草履で歩きにくそうにしていた。貸衣装屋さんはビッグ・ビジネスになっているのだろう。

 友人の娘は私の友人の子供と同じ高校に通い、友人どおしだったので、南アフリカから友人の母の自伝が届いた。

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ファティマ・ミーアさんはネルソン・マンデラさんの伝記を書いた人で、社会学者でもあるが、反アパルトヘイト運動の活動家だった。夫はイシュマイル・ミーアさんは弁護士でマンデラとも活動した人だった。私はファティマさんの著書『ネルソン・マンデラ伝ー希望はこぶしよりも高く』を翻訳したことがきっかけで、シャミンさんとシャナーズさんの二人の娘さんたちと知り合いになり、もう26年もおつきあいをしている。2年前には日本に来て、我が家で滞在した。私がヨハネスブルグに行くときには、いつもシャミンさんの家に泊めていただく。

 ファティマさんも、私がダーバンを訪れるときには、泊まって行きなさいと言ってくださった。家族ぐるみのおつきあいをさせてもらった。2010年3月にファティマさんが亡くなった時、私はヨハネスブルグの飛行場にいた。そこで買った新聞のニュースで知って驚いた。

 シャミンさんが母親が書き続けていた自伝をようやく出版することができた本が、私のところにやってきた。とても嬉しいプレゼントだ。