読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

あれこれと

あっという間に一ヶ月半がたっていた。ブログを書こう、書こうと思いながらなかなかコンピュータの前に座ることができなかった。もちろんメールは朝晩にチェックをしていたので、コンピュータには触っていたが、ブログを書く気にならなかった。1月25日には整体を受けに行った。1月30日には、WAN(Women Action's Network)の理事会に名古屋まででかけた。WANはウェブサイト上で女性に関する情報を発信している。設立してもう7年ほど経つので、各方面から関心を寄せられているし、さまざまな人が関わりアップデイトな情報を発信している。年に何度か理事会があり、京都、東京、名古屋の各事務所が持ち回りで運営する。次回は3月26日、27日京都で実施される。

 2月に入って友人の出版のお手伝いをした。2週間は朝から夜まで結構このために時間を割いたが、久しぶりに机の上での作業に集中した。意外と心地よい疲労感を感じた。

17日、WANの理事会のあとの懇親会会場を見がてら、法人チームの4人で、今出川の中華料理屋さんにランチを食べに行く。久しぶりに坦々麺を食べる。帰りは御所の中を抜け、梅林をみる。紅白の梅がこぼれるように咲いていた。カメラをぶら下げて散歩にやってきた人や小さなお子さんをバギーに乗せてやってきた若いママさんたちがいた。春を実感した。

22日に整体に行き、体の歪みをとってもらう。朝の散歩も再開する。

23日には、西国33カ所巡りを再開する。奈良の長谷寺と岡寺に行く。近鉄を乗り継ぎ、飛鳥の里を満喫。長谷寺は牡丹の寺として知られ、大昔に出かけたことがあるが、すっかり記憶とは違っていて驚いた。長い回廊を上っていくと本堂に行き着く。上から飛鳥の里が一望できる。

 長谷寺は8世紀前半の奈良時代に建てられたという。平安時代中期以降には、観音霊場として貴族の信仰を集めたといわれる。本堂には、京都の清水寺と同じく舞台作りがあり、本堂の前に多くの信者が集まっていたことをうかがわせた。牡丹の花が咲き始めていた。その根元には福寿草が可愛い花を咲かせていた。

 岡寺までバスでまわる。ここも山の中腹に本堂があるので、石の階段をのぼって行った。本堂にある如意輪観音坐像は弘法大使の作で、坐像としては日本最古のものだろうだ。歩数は2万歩を超えていた。よく歩いた。

25日には母がいるケアーハウスに行く。元気で過ごしてくれているのはありがたいことだが、食事に不満があるのか、食べないで抵抗しているようだ。

 26日はフランス語の授業の前日、祇園にあるフランス料理店で友人と一緒にフランス料理を贅沢に楽しむ。アサカネ・ダイニングで期間限定のお料理をいただいた。

 27日は中学1年生になる孫の英語のレッスン。期末テスト前のレッスン。三学期は、すべての疑問文の作りかた、進行形、助動詞の使い方、といっきに新しい項目が入っているので、学校の授業だけではなかなかついていけないのではないかと思っている。

3月1日、ほんとうに久しぶりに書道教室にでかける。「徳健名立」と書く。「人間が徳を建ててこそ(確立してこそ)名のある一人前の人間になる。そうでなければ名前なぞあってなきに等しい。人間が徳を建ててこそ(確立してこそ)名のある一人前の人間になる。そうでなければ名前なぞあってなきに等しい。」とのこと。

3月6日、弁護士会館で「安保法案」「憲法を変えようとする自民党の政策」について弁護士の先生の講演を聞く。そのあと丸太町通りを西に、烏丸通りから御池、市役所前を南下して四条河原町で解散。市役所まで歩き、そこでデモ隊から離れた。安保法案がいかに戦争への道を拓く法律であるかをしり、ますますこの法案を廃案にし、憲法を変えさせてはいけないと思った。シニア♀会で横断幕をかかげ、平和な社会を願った。

3月7日。シニア♀の会で、歩く会を考え、日々歩いて健康な体でいようと確認した。

10時半四条大橋から、12時北の植物園まで目指して歩くことにした。暑くもなく寒くもない、歩くのの最適の日だった。鴨川沿いをのんびりと歩いた。途中桜が咲いているところもあり、川にはマガモキンクロハジロがのんびりと泳いでいた。

 植物園で持参の炊き込みご飯のおにぎりを梅の林の中で食べた。軽い運動のあとの食事はなにもおかずがなくても美味しかった。82歳と73歳と71歳の散歩だった。この日の歩数は17、233歩。