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Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

南アフリカから訪問客が

 南アフリカから訪問客があった。リチャードとシェリルがダーバンからやってきた。神戸で開催される学会に出席する予定とのことだった。お二人を知らないが、数ヶ月前にケープタウンの日本人の知人から、リチャードが関西に行くのでよろしくとあった。そのメールには、20年も前にケープタウンに住んでいたころ、マンデラさんを指圧していた智加子さんが、部屋をシェアしていたリンディの夫だという。私はそこによく通っていたので、リンディのことはよく覚えていた。
 とにかく、南アフリカから人が訪ねてくることを予定に入れていたが、すっかり忘れていた。メールで京都の祇園の日本旅館に泊まるとのこと、私がドイツに出かける前に会いたいと言ってきた。
 旅館まで車で迎えに行き、御所に行くが、土日は休みで入れないことがわかった。金閣寺に行きたいというので、そこへ行く。ものすごい人の行列と車もパーキング待ちで、動けない。45分後に戻ってくるので、とりあえず金閣寺を見てくるようにすすめる。中も大変だったようだ。30年も前に、金閣寺の金箔の建物を見た南アフリカからきた活動家は、「この金のために、何人の南アフリカ人が犠牲になったことか」と嘆いたことがあった。
 すぐ近くにある立命館大学の平和ミュージアムに入った。展示方法などが変わり、戦争にまつわる日本の歴史がよくわかるパネルがずらっと並んでいた。英語ガイドがあったので、それぞれが自由に見学。つくづく戦争は何のために、誰のためにやるのかを考えた。過去の侵略戦争は明らかに間違っていた。多くの人を犠牲にした戦争を「正しいか、間違っていたか」の判断ができない首相をもつ日本を、なさけなく思う。過去の体験から学ぶことなくして、将来の進歩はない。広島・長崎の原爆、第五福竜丸被曝、福島原子力発電所の事故は、日本だけが経験したことだ。これらの経験を生かそうとしないのは、なぜなのか。立命館大学生や京都を訪れる修学旅行生がこのミュージアムに来るという。こうした若い人たちに期待したい。


簡単にファミレスで食事をすませた。上賀茂神社はぜひ見てくるようにと、智加子さんに勧められたという。

 上賀茂神社は、わがマンションのすぐ裏なので、車を車庫に入れて、上賀茂神社に歩いていく。3組も結婚式をまつグループに出会った。白無垢姿のかわいい花嫁さんの姿を、遠くアフリカから初めて日本にきた人たちはどううつったのだろうか。観光地から離れた、悠久の地でのんびりと綿々とつづく日本の文化の一端にふれることができた。
日本はつくづく「天皇制社会」「家制度」「家父長制社会」だと思った。