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Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

南アフリカから訪問客

10月21日、22日、23日と京都に南アフリカから知人が訪ねてきた。以前から京都に来たいと言っていたが、ようやく時間を見つけてやってきたそうだ。京都に来ることを知らせてきたのは、その10日ほど前のことで、10月22日は時代祭で国内外から大勢の人が京都にやってくる。そしてその夜は鞍馬の火祭りがある。彼女のメールでは、鞍馬の火祭りが見たいと書いてあった。昼間に催しがある、時代祭のことは全く知らない様子だった。

 最近では京都は世界一訪れたい町に2年連続選ばれている。そのせいか、海外からの旅行客と国内の中高校の修学旅行生で賑やかだ。宿泊所が見つかるかどうか心配したが、知人は娘と二人旅で、娘が宿の予約をネットでしてくれたという。地下鉄の九条駅の隣りにある、最近できた小さな宿を見つけたようだった。

 ともあれ、東京に到着し、東京で一泊した後、京都にやってくるというので、新幹線のプラットフォームで会うことにした。とりあえず、東九条の宿に行き、荷物を置いて、清水寺から2年坂、3年坂を通り、高台寺に行く。さらに円山公園を抜け、四条通りから河原町まで歩く。よく歩いた。

 中国から来た観光客の多くは、レンタル着物で通りを歩いているし、他の外国から来た観光客と、修学旅行生で押し合いへし合いで清水寺にたどり着いた。典型的な観光コースなので仕方がない。

 清水寺の紅葉はまだ始まっていなかった。京都の町が一望でき、昔ながらの狭い路地、石畳の道の両側には古い町家が並ぶ。タイムスリップしたような雰囲気が漂う。私は京都に長く滞在しない人をここに案内するのが好きだ。どんな風に京都が映っかたはわからないが。

 南アフリカから来た母娘はベジタリアンだった。蕎麦屋さんで昼食をとったが、夕食用に京都駅構内にある何でも調達できるお店で、京のおばんざいとおにぎりを購入するように勧めた。長旅と京都の町を歩き回ったので、かなり疲れも出ただろうと思うった。

 22日は時代祭なので、御池通りで行列を観るように勧め、夕方の5時にホテルに迎えに行くと、約束をして、別れた。

 翌日の22日は時代祭を楽しみ、京都駅周辺でショッピングも堪能したという。車でホテルに迎えに行き、出町柳まで行く。火祭りは6時から始まり、8時にクライマックスになる。私は一度鞍馬の火祭りを見たことがある。とても狭い通りを火のついた松明を持って練り歩く若者の姿に感動するが、見学客の多さに驚いた。

 出町柳の市営駐車場に車を止め、叡山電鉄出町柳駅の向かう。すでに駅の周りには人がいっぱい溢れていた。往復券を購入し、駅に入るために並んでいる人の最後尾を探す。京阪電車の駅近くまで人が並んでいた。電車に乗るまではかなり時間待ちをした。お茶でも飲もうと言っていたが、とんでもない。まだまだ人が集まってくるだろうから、とにかく鞍馬まで行くことを勧めた。

 翌朝、箱根に行き、富士山を見るという計画だったので、ホテルで会うことにした。

 鞍馬の火祭りに感動したこと、人の多さと、治安の良さに驚いたこと、今書いている小説に大きなヒントを得たと、ずっとしゃべり続けた。

 新幹線のプラットフォームまで送って行った。つくづく、京都の駅は外国の人たちに対して不親切だと思った。東京行きの新幹線は数分おきにくる。のぞみとひかりの列車の区別はつかない。駅のアナウンスは日本語のみ。電光掲示板を見ていればどの列車に乗ればいいのかわかるとはいえ、なかなか難しい。以前に、乗り間違った外国人が車掌から責められ、追加料金を支払うように言われ、当惑している人と隣り合わせになったことあった。日本語が分からず、数分違いでどんどんプラットフォームに入ってくる列車をどう判別するのかわからないのも無理はない。

 南アフリカから来た知人は、とても喜んで京都を後にした。嵐のような数日だった。縁があって、ケープタウンで、京都で出会えたことを喜びたい。