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Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

南アフリカの作家クッツェの自伝三部作の書評

南アフリカの作家J.M.クッツェの自伝三部作『サマータイム、青年時代、少年時代』の書評が北海道新聞にでた。
クッツェは、2006年度のノーベル文学賞受賞者。彼がケープタウン大学にいた頃は友人の家や、私のフラットでのパーティでよく出会った。2007年に日本に来日した時には東京の大学での講演会でお話をお聞きした。その後、京都のホテルで夕食をごちそうになりながら、ケープタウンでご一緒した時の話をした。彼のパートナーのドロシー・ドライバーとは、私が1994年から一年間南アフリカに滞在していた時から親しくしていただいた。とりわけ、彼女とは、南アフリカの女性作家ベッシー・ヘッドの研究で共通の関心を持っていた。南アフリカの女性作家について当時ケープタウン大学で教えておられたので、彼女の講義に出させてもらっていた。とても刺激的であった。ケープタウン大学の学生は、当時は白人学生が多く、なかなか授業前にテキストを読んでこないので、ときどきドロシーは癇癪をおこしていた。私にとっては、どのテキストもすでに読んでいる作品だったので、どのように学生に指導して行くのかがとても楽しみだったが、朝一番の授業だったので、しまったと思ったこともあった。一度授業に参加を申し出た私が欠席するわけにはいかなかったからだ。授業の開始は8時15分からだった。7時半には家を出ないといけなかったのだ。だが、いまとなってはいい思い出だ。
 クッツェは『恥辱』という小説が高く評価され、ノーベル文学賞を受賞することになった。私はこの作品についてはアフリカ文学会でも口頭発表をしてことがあるが、私は好きではなかった。ケープタウン大学の教授が学生にセクハラをして、大学をやめ、レズビアンの娘の所に身を寄せ、そこでも自由奔放な性を謳歌する。娘がレイプされ、強盗に襲われるという物語である。ストーリの展開は面白いが、とても好きになれない作品だった。フェミニストのドロシーに何度かこの作品について感想を聞いたことがあるが、彼女は一度も私の質問には答えてくれなかった。