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Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

Mbulelo Mzamane が亡くなる

 2月17日に南アフリカの作家Mbulelo Mzamane(ブレロ・ムザマネ)が亡くなった。フェースブック南アフリカの作家Njabulo Ndebeleがブレロの死を知らせていた。同時代の南アフリカを代表する、この二人の作家は亡命を余儀なくされ、作品を通して南アフリカの状況を書いてきた。南アフリカ民主化したとき、亡命生活を終え、南アフリカに帰国した。ブレロはフォート・ヘア大学の実質上の初代学長になり、ジャブロはウェスタン・ケープ大学、ノース大学、ケープタウン大学等の学長を務めた。作家活動と同時に、アパルトヘイトにより学ぶ機会を奪われていた若い世代の教育に力を注いだ。
 ブレロ・ムザマネとは、1991年12月にヨハネスブルグで初めて出あった。長年亡命していた作家たちが、南アフリカに帰国し、南アフリカ民主化する過程で「作家としての役割は何か」を議論する「New Nation」作家会議だった。およそ60数名の作家の大半は南アフリカ出身者であったが、アメリカ、イギリス、トリニダード、ジャマイカ、フランス、日本からも招待された。私自身は南アフリカの文学研究をしている関係からその場にいられたことを大変光栄だった。
 南アフリカ文学作品と著者名しか知らなかった私にとって、目の前に、ブレロや、ジャブロ、デニス・ブルータス、ルイス・ンコシ、パスカル・グワラ、ゾイ・ウィカムらや、ナディン・ゴーディマ、アンドレ・ブリンクらがいた。南アフリカ以外からは、エジプトのナワール・エル・サーダウィ、パキスタンのガヤトリ・スピパック、ジンバブエのチチ・ダンガレンバ。等など。とにかくすごい感動をしたことをいまでも記憶している。
 ブレロ・ムザマネとは、その後アフリカ文学会でガーナ、アメリカなどで出会うことができた。また私自身が南アフリカに滞在しているときに、何度も出会うことがあった。若い作家たちを育てるために、writingのワークショップをしたり、作品のストーリテリングをしたりと、精力的な活動をつづけていた。
 亡命中は、ボツワナ大学、アメリカのバーモント大学などでも教鞭をとり、南アフリカではフォート・ヘア大学以外にも、クワ・ズール・ナタール大学のアフリカ研究センターで仕事をした。特に晩年では南アフリカの文化や芸術に関する百科辞典の編纂に関わっていたという。
 私が一番最後に出会ったのは、2012年4月にテキサスのダラスで開催された第38回アフリカ文学会で、ブレロはファンロン・ニコルス賞を受賞するために来ていた。糖尿病を煩い、視力がかなり落ちており、彼の側には妻さんが導いていた。それ以外はとても健康そのもので、元気だった。(写真はその時のもので、友人のワングイが送ってきてくれたもの)
 ブレロは、65歳で亡くなった。とても残念な気持ちで、大きな喪失感におそわれている。