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Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

9月12日 ステーブ・ビコのこと

 1977年9月12日、スティーブ・ビコが虐殺された。「黒人意識運動」の指導者として知られ、逮捕拘留中に拷問を受け、脳挫傷を起こし亡くなった。36年がたつ。映画「遠い夜明け」ではビコがもう一人の主人公として描かれたので、ビコの活動が広く知られた。当時の南アフリカの異常ぶりがビコを通して描かれた。
 ビコが望んだような社会は南アフリカには実現していないように思う。民主化から19年がたつが、まだまだ人種社会だし、人種間の経済格差は大きい。民主化どころか、人びとの期待は不満に変わり、アパルトヘイト時代を思わせるストライキがあちこちで起こっている。多くの人びとは諦めず、声をあげつづけている。
 ヨハネスブルグの町の中を友人の運転する車で走っているときにいやなことが二つあった。ひとつは、駐車場に止めていた車内が暑くなっていたので、友人は窓をあけて町中を走り、信号で停止していると、人が近寄ってきて、車の中に手を入れてきた。とっさのことだったので、よくわからなかったが、車の鍵を引き抜いて、車をのっとる、あるいは車内においてあるものをとって逃げるかのどちらかだ。この友人の息子はピストルを突きつけられ、コンピュータや車を盗まれてしまったという。
 もうひとつは、夜に演劇を観に行く途中、車の前に飛び出してきて、車を止めて駐車を誘導しようというものだ。夜なので車を車道に止めることはない。劇場の駐車場に止めるが、それを阻止し、わずかな車の見張り賃を得ようと言うものだ。しかし、ずっと前に友人はよく行くレストランの近くに車をとめ、こうした人に車の警備を頼んでいたにも関わらず、2度も車道で車の盗難にあった。
 道の前に飛び出してきて、無理矢理停車させるという行為に私はびっくりした。ケープタウンでは真夜中に町中を走り抜け、フラットによく帰っていた。一度もそのような目にあったことはない。できるだけハイウェイを通り、大きな車道を走ることにしていたし、交差点で人がたむろしている所はさけて通っていた。
 こうしたことがどうすれば南アフリカ社会からなくなるのだろうか。車を持っていて自由に移動できる人と、そうでない人がいる。だからといって、人から欲しいものを盗んでいいとはかぎらない。
 ケープタウンの友人に家に、仕事がない人、食べ物がない人が毎日、毎日物乞いにやってくる。友人は激怒しながら、「二度と来ないでほしい」といいながら、わずかなお金をあげていた。個人のお金では何の解決にもならない。

 まだ時差解消できず、この暑さにはまいる。今年の夏の暑さは異常だったと皆がいうので、大きな声では暑いとは言えないが。