Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

9月4日 一日中車で走り回る

 明日の朝早くケープタウンを発ち、ヨハネスバルグに行って日本に帰るので、フラットを空っぽにしておかなければならない。朝から冷蔵庫の中の掃除。椎茸と人参を加えてひじきをつくる。残っていたお米も炊いて、海苔巻きを作る。冷蔵庫に残っていた野菜も全部取り出し、ふくろにまとめる。コークベイに住む香子さんのところに、ひじきと海苔巻きと野菜と醤油などを届ける。アナリの所にも海苔巻きを届ける。




 コークベイからベルビルにあるウェスタン・ケープ大学(UWC)で仕事をしている友人たちに挨拶をしようと思って出かけたが、いまちょうど学期半ばの短いブレイクで、だれも先生たちは大学に来ていないと、学生から告げられた。せっかくUWCまで来たので、ジェニーを訪ねることにした。大学から車で5分ほどのところにある。ランチに食べようとおもっていた巻き寿司を持っていたので、ジェニーとシドニーと三人でランチをたべる。ジェニーはサラダを作ってくれた。
 ケープタウンの町に戻り、クウェシの研究所を訪ね、簡単な挨拶をして帰る。この日ランチを誘われていたが、UWCに行くことに決めていたので、お別れの挨拶に行く。ロンデボッシュのすぐ近くのニューランズで6時から Women in Sportsの集まりがあるというので、行くことにしていた。1時間ほど時間つぶしに、カバンディッシュのショッピングモールで、本を買ったり、コーヒをのんだりして、ぶらぶらする。
 ニューランズ・クリケット競技場のなかにあるSouth Clubで、スポーツに関わっている女性たちの集いがあった。この集まりを組織したのが、Cheryl Robertだった。

Cheryl南アフリカが初めてオリンピックに復帰できた1992年のバロセロナ・オリンピックに卓球の選手として参加した。それまでは南アフリカは人種差別をしてきた国だったので、オリンピック委員会から参加が認められなかった。特に彼女は「カラード」という人種に分類され、スポーツ界でも差別を経験してきたのだった。1994年にであって以来の知り合いだが、ここしばらく会っていなかったが、Facebookで再会して以来、さまざまな情報を交換し合ってきた。久しぶりの再会だが、以前と変わりなく元気に活動し、スポーツ界の女性たちの組織を作ってきたことに感銘を受けた。