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Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

8月26日(月) ゼイクス・ムダを訪ねる

ステレンボッシュ大学のInstitute of Advanced Study でサバティカル中のゼイクス・ムダを訪ねた。彼は南アフリカを代表する作家で、勢力的に小説や戯曲を出版している。数年前に自伝も出版したが、少々早すぎると思っている。
 1991年に始めて出会ってからの友人でもある。Facebook の友人でもあるので、お互いに何をし、何を考えているのかがわかっている。3年ぶりの再会だが、それほど時間がたったとは思えなかった。
 ゼイクスのいる研究所には、メキシコから、南アフリカ国内から研究者などが集まっていた。ランチはブフェ形式で南アフリカの典型的な食べ物であるボティがあった。
 ゼイクスに紹介されたのは、映画制作者Aryan Kaganof、ステレンボッシュ大学の音楽部の教員Muller、メキシコから来ているインド人のDube。食後はAryan Kaganofのドキュメンタリー映画An Inconsolable Memoryの上映があった。どのようにオペラや音楽がケープタウンで育まれたかを、EAON Opera に関わってきた人へのインタビュと音楽と写真、映像記録で構成されていた。District Sixの人たちの生活や建物をみることができた。彼らの町District Six はアパルトヘイトのために無惨にもブルトーザで破壊され、まったく跡形もなく、草むらだけになってしまった。District Sixはケープタウンに住む白人以外の人たちにとってはアパルトヘイトに対する闘いのシンボルとなった。


 私にとってショックだったのは、オペラ「蝶々夫人」の衣装が奇妙で中国風とも日本風ともいえないものだった。頭にはいろんな簪がさしてあるのだが、まるで太夫のような異様な感じがした。このようにして「日本人」イメージが作られていくのかとも思った。
 上映後はしばらく質疑応答があった。ステレンボッシュの町中のレストランでワインなどを飲み、しばらくの歓談がつづいた。私はジンジャーエール。暗くなる前にケープタウンに帰る。WiFiのあるアナリの家に途中より、一緒にウォーターフロントの日本食レストランに行く。

写真は、右からZakes Mda, Aryan Kagonof