Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

書評『デイヴィッドの物語』

先日、南アフリカの女性作家ゾイ・ウィカムの小説『デイヴィッドの物語』の書評。PDFで貼付けておく。

ゾイ・ウィカムは、ウェスタン・ケープ州の北西部にあるナマクワランドで「カラード」として育つ。アフリカーンス語第一言語とした。ケープタウンで英語による高校教育を受けた。その後「カラード」のための大学ウェスタン・ケープ大学で英文学を学んだ。アパルトヘイトが激化するなかで、彼女はイギリスに亡命した。1991年に南アフリカに帰国した。
 私は1991年12月にヨハネスブルグで開催された「ニューネーション作家会議」でゾイ・ウィカムに出会った。アパルトヘイトを廃絶し、新たな民主社会へ転換する時期だった。それまで世界各地に亡命していた作家たちが南アフリカに帰国し、「南アフリカ文学の役割と可能性」について議論した。私はこの会議に招待され、これまで名前しか知らなかった南アフリカの作家に出会った。チナ・ムショーペ、ルイス・ンコシ、エゼキエル・ムパシェーレ、ジャブロ・ンデベレ、ブレロ・ムザマネ、ゾイ・ウィカム、ナディン・ゴーディマ、デニス・ブルータス、ゼイクス・ムダ等等。南アフリカ以外からは、エジプト出身のナワール・サーダウィ、ジンバブエ出身のチチ・ダンガレンバ、シマ・チノジャ、トリニダード出身のアール・ラブレイス、インド出身でアメリカから駆けつけたガヤトリ・スピヴァックらがいた。解放運動をになってきた活動家たち、トウキョウ・セクワレ、ジェイ・ナイドウ、セリル・ラマポーサもいた。総勢60数名が集まった。私にとっては、多くの作家に出会える機会となり、夢のような会議だった。
 誰もが熱い思いで南アフリカ文学の過去と現在を語った。ウィカムはスピヴァックとダンガレンバの女性作家と共に「フェミニズムと文学の役割」について語った。この三人は現在、フェミニストの立場からポストコロニアル文学の可能性を追求しているが、印象的なのはこの3人が発言するたびに、フロアーの男性作家たちが野次を飛ばしていた。アパルトヘイトからの解放には最大限関わってきた作家たちが、なぜフェミニズムや性差別の問題にはひどい罵倒を浴びせるのかと思った。まだフェミニズムに対しては理解が少ない時期に、ウィカムは女性の立場から果敢に問題提起していた。
 ウィカムは、亡命を終え、母校のウェスタン・ケープ大学英文科で教えることになった。私はサバティカルで、1994年にこのウェスタン・ケープ大学で研究する機会を与えられた。ウィカムに手紙で私のサバティカルを伝えた。その時にもらった手紙では、ウィカムがイギリスの大学で教えるために、ケープタウンにいないこと、その間彼女の家に住んでもいいということだった。私はオブザバトリの彼女の一軒家の家に住むことには自信がなかったので、彼女の家に住むことはなかったが、親切にも私に場を提供してくれようとした。
 ゾイ・ウィカムは、小説『デイヴィッドの物語」『光のなかに戯れて』などをケープタウンの出版社クウェラ・ブックスやウムジ社から出版した。この二つの小説は私の友人アナリ・ファン・デル・メルウェが編集した。そうした関係から、アナリが主催するホーム・パーティではゾイ・ウィカムによく出会った。もの静かであまり多くを語らないが、とても聡明な人だった。
 私は『デイヴィッドの物語』は出版直後に読んだが、難しい作品でよく理解できなかった。2007年4月にアナリとイースタン・ケープ州を1週間ほど旅行したときに、この『デイヴィッドの物語』一冊を持って行き、作品に出てくる場所を体験した。グリクワ民族の人たちが移動して行った土地や歴史に思いを馳せながら読んだが、それでもなかなか理解できなかった。難解な作家というイメージを抱き続けていた。
 そして、『光のなかに戯れて』を読んだときには、作品のほぼすべてが理解できたような気分になった。作品の舞台になる場所はぼぼ私が知っているところでもあったし、登場人物は日頃私が接している人たちばかりだった。とりわけ主人公のマリオンが住んでいる場所、住んでいる部屋の模様は、私の友人のガートルド・フェスターのとだぶった。マリオンが休日に過ごすフラットのベランダから見える景色は、私が何度もガートルドのところでみた景色だった。後にガートルドに確かめてみると、ゾイ・ウィカムはガートルドと従姉妹だということを知らされた。ウィカムは長年南アフリカを離れ、ときどきケープタウンに帰ってくるとはいえ、とりわけ1994年以降の新生南アフリカの変化を表現するには、ガートルドの生活になぞらえることが必要だったのかもしれないと思った。ガートルドのフラットは、海岸沿いにある新興開発地区で人種の壁が取っ払われていた。だが、海を隔ててケープタウンの町やテーブルマウンティン、ロベン島が目に入る。南アフリカの歴史が否が応でものしかかってくる場所だ。ガートルドはアパルトヘイト時代には女性運動の先頭にたつ活動家であり、民主化後には国会議員ジェンダーコミッショナー、作家として活動した。彼女の家で行なわれるホームパーティには私をいつも誘ってくれ、いろんな人たちと会わせてくれた。女性に関わる会議ではいつも彼女が中心にいた。
 
 今回、ゾイ・ウィカムの『デイヴィッドの物語』がくぼたのぞみさんの翻訳で読めるようになった。とても読み易いが、それでも作品の内容はそれほど簡単に理解できるものではない。「デイヴィッドの物語であり、デイヴィッドの物語ではない」という書き出しにあるように、この小説は、デイヴィッドの物語であり、サラ・バートマンにつながる女たちの物語なのだと思う。
 もう一人の主人公ダルシーの物語について考えてみたいと思う。ケープタウンの友人たちはこのダルシーは、パリで暗殺されたダルシー・セプテンバーがモデルだという。実在したダルシーは、昨年夏に亡くなったネヴィル・アレクサンダーらと共にケープタウンでNon-European Unitiy Movementを組織した。亡命後はANCに加わり、暗殺された。ネヴィルからダルシーのことを聞きたいと思っていたが、それが叶わないが、ケープタウンにはネヴィルとともに闘ってきた、いまも闘っている仲間がいるので、記憶が失せないうちにダルシーのことを聞きたいと思っている。