Mwenge Keikoのつれづれ日記

アフリカの人びとや文化の出会いを通して

原発事故の議事録問題

 原発事故の議事録がないと報道された。政府の原子力災害対策本部の議事録が作成されていなかったという。3月11日以降、昨年末まで23回の会議があったというが、議事録がないのは、絶対にありえないことだ。どんな会議でも、どこまでどのような問題が議論されたかを、次回の会議で前会の議事録を確認する。しかも政府の会議で議事録がまったく作成されなかったとすると、それは意図的でしかない。議事録をとる事務方の職務怠慢でもあり、前首相の責任は大きい。議事録が存在しないということで逃げ切ろうとする陰謀にも思える。
 私はどんな会議でもメモをとる。誰が何を発言したか、いま何が問題になっているのか、その解決策はどの方向に向いているのか、それらを確認するために必ずメモをとる。時には自分の立場を明らかにするために、主張しなければならないことがある。そのためには議論のプロセスは重要なので、記録したメモが役立つ。
 世界中が福島原発事故の処理を見守っている。政府と東電が結託して事実を隠蔽しようとするなら、絶対許されないし、誰も黙ってはいない。
 毎日寒さが増してくる。夏以上に電力消費が問題だという。だが、54基ある原発がいま稼働しているのは5基だけだという。特にこれからも点検に入る原発もある。実際に大半が停止した状況にあり、電力不足に陥っていない。原発なんかなくてもやっていけそうなのに、どうして「電力不足」を盾にして原発の必要性を主張するのだろうか。
 私はこの冬の節電として、さまざまな工夫をしている。マフラー、ベスト、レグウォーマーの着用。時には毛糸の帽子も。重ね着をしている。それに仕事も食事もテレビ鑑賞もすべて掘りごたつで。また寝るときに愛用しているのは「湯たんぽ」。
 南アフリカで暮らしていたとき、「湯たんぽ」がとても役立った。私が暮らしていたケープタウンは夏は暑く、冬は寒いが、日本のように湿気がないので、冷暖房器具がない生活だった。ベッドの上かけ布団も、年中同じものだった。オーナーは特に冬用の毛布を持ってきてくれるわけではなかった。冬の寒さをしのぐには、いつも毛糸のセーターを着て、膝掛けや肩掛けのようなブランケットを身につけていた。夜は「湯たんぽ」が欠かせなかった。旅に出る時も「湯たんぽ」を持参した。電気ポットでお湯を沸騰させ、「湯たんぽ」に注ぐだけでいい。手間がかからないし、身体にもいい。
 そして私が借りていたフラットの電気代は現金先払いのメーター制だった。ある夜フラットに帰ってきたとき、真っ暗でスイッチが効かなかった。電気がなくなっていたのだった。大慌てで近くのガソリンスタンドに電気を買いに走った。意外と電気代が高く、現金でなければ受け付けてくれないのも驚きだった。それから電気のメーターをチェックしながら生活をするようになったし、電気のつけっぱなしや無駄遣いをしなくなった。南アフリカには原発が一基だけあるが、最近に南アフリカ政府はフランスから原発を購入する契約をし、原発を推進する政策をうちだした。水や電気の供給を民営化し、かつてのアパルトヘイト政権と同じく、人びとの暮らしを脅かしている。

私が愛用している「湯たんぽ」。カバーは自作のもの。